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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大好きな貴女に復讐したいので、私は彼と結婚します

作者: 弥生


 私は親友に復讐したかった。私と同じ嘆きを、ほんの少しでもいいから彼女に味わせたくて。


 私は、あの子のことが大好きだったのだ。

 栗色の髪を軽快に揺らして、愛嬌のある可愛らしい顔立ちを明るく輝かせる彼女が。

 好きなものは好きと、嫌なものは嫌とハッキリ言える意志の強さを持っていて、時折突拍子のないことをやらかす天真爛漫な彼女が。

 それは恋慕か、重い友愛か。それは分からなかったけど、少なくとも私は、彼女の「一番」になりたかった。そしてなれなかった。それだけは事実だった。







「こんにちは! 私、アメリ・オランジュ。あなたのお名前は?」


 彼女が私に初めて話しかけたのは、そんな言葉だった。

 私は今でも覚えてるよ。彼女はとうに忘れてしまっているだろうけど。

 彼女は栗色の髪を揺らして、同じ色の大きな瞳をパチパチと瞬かせて、無邪気な笑顔を浮かべていて。

 私は何だか彼女の前のめりさにびっくりしてしまって、少し身を引きながら答えた。


「じ、……ジゼル」

「ジゼルっていうの? よろしくね、お友達になろ!」


 私はその言葉を聞いて、ますますびっくりしたんだった。

 だって、私たちはもう十三歳。この王国の貴族や裕福な商人の子供たちが多く通う「学園」の新入生で、決して「お友達になろ!」なんて幼稚な提案が成立する歳じゃない。

 でも何だか悪くない気がして、私は深く考えずにあの子の手を取った。


 ……それが間違いだったのか正解だったのかは、今でも分からない。




 彼女は、オランジュ男爵家っていう貧乏貴族の娘だそう。上には兄が二人いるとか。

 オランジュ男爵家は本当に貧乏だそうで、「うちを直すお金もないからね、雨漏りを受け止める用のバケツを色んなとこに置いてるの、バケツ!」と以前彼女は快活に笑っていた。


 対する私は貴族の出じゃない。とある商会の商会長の一人娘だった。

 貴族じゃないからこの学園に通わなくてもよかったんだけど、親が箔付のため、そして読書好きの私のために入れてくれた。


 この学園は、平民から王族まで等しく受け入れる場所だそう。建前上は、だけど。実際はやんごとなき方々ばかりが通っている。

 すなわち、貧乏貴族令嬢のアメリと、裕福だが所詮平民の私は、同じ爪弾き者だった。


 私は学園に通うまで貴族社会に触れたことはなかったけど、すぐに悟った。ここは暗黙の了解で満たされた格差社会だと。

 「上」の方々は煌びやかなアクセサリーを身に纏って、学園指定の制服すらどこか優雅に着こなして、髪や肌はいくらお金をかけているのか想像もつかないくらい艶々で、いつでも自分のやりたいように振る舞っている。

 彼らは時々ひどく傲慢で、無邪気に私たち「下」の人間に我慢を強いる。我慢を強いていることすらよく理解しないまま。


 そして、私たち「下」と「上」は住む世界が違う。気軽に話しかけて仲良くなれる訳がない。そもそも私たち「下」が気軽に話しかけていい訳がない。それは暗黙の了解だった。



 ……だけど彼女は、その暗黙の了解を無視した。



「おはようございまーす!」

「あ、アメリ、やめようよぉ……」

「何で? 私、今挨拶がマイブームなの! だってした方もされた方も嬉しいし、とっても素敵でしょ? あっ、おはようございます! 今日もいい天気ですねー!」


 ある日彼女は突然に「挨拶がマイブーム」だと言い出して、学園内で一人挨拶運動を始めた。

 知らない人にも、先輩にも、身分がずっと上の人にも、なぜか分け隔てなく挨拶を投げかけていくのだ。さながら挨拶の通り魔。

 すぐに学園中に「アメリ・オランジュは変人だ」という噂が広まった。それは根も葉もある噂だった。


 事実彼女は変人だ。

 普通の食事に突然砂糖を振りかけて「あっこれなかなかいけるね」なんて言い出したり、唐突に「ねえ見て見て、あの雲、お城みたいな形してない? すっご〜い、今日はお城雲の記念日だ!」なんて空を指さしたり。

 他にも彼女の奇行には枚挙にいとまがない。たった一年前に友達になった私にすら分かるくらいの変人ぶりだ。


 だが、この「挨拶ブーム」は彼女の奇行の中でもトップクラスにおかしなものだった。

 これによってアメリの噂は広がり、彼女は良くも悪くも有名人になった。「上」も「下」もみんなアメリのことを気にかけ始める。良い意味でも、悪い意味でも。


 これがきっかけで、アメリは色んな人から話しかけられるようになった。それに比例して友達がたくさん増え、同時に嫌がらせも増えた。

 どうやら、この奇行によってアメリは同じ学園に通う第二王子様とやらに気に入られてしまったみたいで。

 そして、それが気に入らなかった令嬢たちがアメリに嫌がらせを開始したみたいで。


 たとえば教科書を捨てられたり、ひそひそと陰口を叩かれたり、物を隠されたり、悪い噂を流されたり。

 それは無邪気な悪意に満ちていた。でもアメリはめげなかった。

 これがラブロマンスのヒロインだったら嫌がらせに黙って健気に耐えるんだろうけど、残念ながらアメリはそんな殊勝な女じゃない。

 どうにかこうにか嫌がらせの首謀者を突き止めた彼女は、ある日首謀者の先輩令嬢の教室に乗り込んで、先輩令嬢にビシリと人差し指を突き付けた。


「あなたが私に嫌がらせをしている人ですよね?」


 全員が呆気にとられた。だってその先輩令嬢は公爵家の長女で、貧乏男爵令嬢ごときがどうにかできる相手じゃなかったから。

 アメリにズルズル引っ張られてきた私も、先輩令嬢も、アメリ以外は皆絶句していた。

 だがいち早く正気を取り戻した先輩令嬢は、手に持っていた扇子を机に叩きつけてアメリを睨んだ。


「……あら貴女、誰に向かってそんなに偉そうな口を利いているのかしら」

「あなたです。私、教科書がないと勉強できないので困ってしまうんですが」

「なぁに? この私が貴女のような貧乏男爵令嬢ごときをわざわざ構うとでもお思い?」


 この時点で私は真っ青になって「アメリ、もうまずいって、早く謝って帰ろう……?」と腕を引っ張っていたのだが、アメリは決して聞き入れない。


「だって私、あなたが私の教科書を捨ててる現場を目撃したんですけど」

「……フフ、おかしなことを言うのねぇ。なぜ私がそんなことをしなければならないの?」

「知りませんよ。私があなたに聞いてるんです。何でそんなことをするんですか? 言いたいことがあるなら正々堂々言ってください。じゃないと私、とても困ってしまいます」

「アメリ……!?」


 アメリは一歩も引かない。下手すれば不敬罪で首が飛ぶのに。

 あわわどうしようと私は怯えながら先輩令嬢の様子を伺ったのだが、年上の公爵令嬢ともいえど所詮は十五の少女だ、すぐに冷静さを保てなくなり怒りで顔を真っ赤にしながら、アメリを怒鳴りつけた。


「なんっ――て無礼な女なの!? 恥を知りなさい! 貧乏男爵令嬢ごときが調子に乗って殿下の御心を奪うばかりか、この私を侮辱するなんて! 許さない! 絶対に許さないわ!」


 そして、あろうことかアメリは、同じテンション――いや、それ以上のテンションで応戦しだした。


「まさか的外れな嫉妬なんかが原因だったんですか!? 殿下ってここに通う第二王子殿下ですよね? 私、そんな人のことこれっぽっちも好きじゃないわ! 殿下がとっても人気な方なのは分かりますが、勘違いなさらないでください! 私、恋愛になんて全く興味がないの! っていうか殿下相手なら、私よりもあなたの方がとってもお似合いだと思います! だって、銀髪の先輩と金髪の殿下だと、並んだ時に色合いが対照的で綺麗に見えるんですもの!!」

「なっ……あ、あなた、何をっ……そ、それは……っ」


 先輩令嬢はアメリの勢いに押されてたじたじになっていた。そして、いつの間にかこの騒ぎを見に来ていた殿下にまで人差し指を突き付けて、アメリは高らかに宣言した。


「殿下! ちょうどいいので言わせていただきます! 殿下が素敵なお方なのはとってもよく承知ですが、これっぽっちも私の好みではありません! ので、私のことなんて忘れて、もっと身近にいるご令嬢のことを気にかけることをお勧めいたしますっ!」


 そしてアメリは先輩令嬢の手を握り「というわけで、嫌がらせなんてやめて、頑張ってくださいね!」と言い放つと、彼女は私の手を取って、その混沌とした場を足早に後にした。

 不敬罪まっしぐらである。どうしようこのままだとアメリが処刑されてしまう。

 私はそう怯えていたが、結論から言うと、アメリは何もお咎めがなかった。


 殿下はあんな場所でばっさり振られてしまいそれはそれはショックを受けたそうだが、その場にいた先輩令嬢が慌てて彼を慰めたそう。

 そしたら殿下は「……俺は、お前のことを勘違いしていた。お前は、実は心優しい女だったのだな……」とか何とか言って今度は先輩令嬢に惚れてしまった。殿下、ちょろすぎない?

 そして、アメリのおかげで無事殿下と結ばれた先輩令嬢のとりなしにより、アメリはお咎めなし、という訳だ。




 この一件がきっかけで、アメリにはますます友達が増えた。

 先輩令嬢のことを考えてアメリから距離をとっていた人たちも大勢いた訳だが、もうその必要がなくなったからだ。

 皆、行動力の化身で不思議な魅力を持ったアメリに夢中だった。私も、その一人だった。


 アメリの友達はたくさんいた。対する私には、ほとんど友達がいない。

 私は本を読むのが好きで、人付き合いを積極的にしてこなかったから、アメリくらいしか友達がいなかった。

 彼女にはたくさん友達がいる。私にはアメリがいないと困るけれど、アメリは私がいなくても困らないだろう。

 そんなネガティブな考えに囚われることは多々あったものの、アメリはよく、太陽のような笑顔を浮かべてこう言ってくれた。


「やっぱりジゼルが私の親友でよかった!」


 その言葉を聞くたびに私はほっとした。

 アメリには友達がたくさんいる。だけど、きっと「親友」は私だけだ。

 アメリがこんなにもいろいろなことを打ち明けてくれて、何をするにも一緒に連れて行ってくれる、そんな存在は。


 彼女はとっても不思議な存在だった。

 明るくて天真爛漫な彼女は、私とは正反対のはずなのに、なぜだか妙に気が合って、いつだって話が弾んで、くだらないことで何時間も笑い転げていられる。

 何でこんなにも仲が良いのか分からないほど色々と正反対なのに、歯車がピタリと噛み合うようにしっくりとくる。


 だから多分、私とアメリは運命で結ばれているのだ。物語の中にしか存在しないような、恋人や家族よりも時には強い絆で結ばれている、心の友という運命で。

 きっと、私たちは一生こうやって笑い合っていくんだと思っていた。


 それから、私がアメリの「一番」を頑なに信じていられたのには、まだ理由がある。

 彼女はよく、家庭の悩みを私に相談してくれたのだ。父と母が不仲だ、兄は父を憎んでいる、もう一人の兄はろくに働かず引きこもっている、というような。

 その話をするとき、彼女は暗い顔をしていた。つまり、弱みを私に曝け出してくれていたのだ。


 こんな弱みを曝け出せるなんて、「親友」以外にあるはずがない。「一番」に決まっている。

 だって私は、彼女の家庭の悩みのような重たい悩みは、全て彼女にしか打ち明けたことがなかったから。


 それと、私は物語を書くのが趣味だったんだけど、その誰にも見せたことがない私の物語をアメリにだけは見せていた。

 アメリは私の物語の大ファンでいてくれて、いつも「続きはないの?」と催促してくれ、読み終わると必ず満面の笑みで「面白い! やっぱりジゼルの書く物語は最高ね!」と言ってくれた。

 嬉しかった。そう言ってくれるアメリが大好きだった。だから、私はなおさらアメリが特別だった。


 キラキラと眩しい太陽のようなアメリと、それを影で支える月のような私。

 ねえ、私たちはずっと一緒だよね? 私はずっとアメリの「一番」だよね?




 それが私の傲慢な勘違いだとようやく気付いたのは、学園を卒業してから間もなくだった。

 それはとあるお茶会でのこと。


 私は学園卒業後、実家の商会で働き始めていた。そして、学園卒業後も細々と縁があり、我が商会を贔屓にしてくださっていたかつての先輩令嬢が、私をお茶に誘ってくれたのだ。

 何でも、この前殿下へとプレゼントとして我が商会で選び購入したものを、殿下がいたく気に入ってくれたからそのお礼に、だそうだ。

 アメリ抜きでその先輩令嬢と話すのは初めてだった。最初は緊張していたけれど、彼女はとてもとても殿下を好いているだけで、それ以外はとても気の良い方だった。

 そしてその「爆弾」が彼女の口から落とされたのは、あまりに唐突だった。


「それにしても、驚きよねえ。かつてあの殿下すら『これっぽっちも好みじゃない』と言い放った、あの恋愛音痴のアメリが婚約するんですもの」



「………………え?」



 ぐるぐるぐるとその言葉が頭の中で巡る。アメリが婚約? 誰と? いつ? どこで知り合った人? 何で? どうして? いつから?

 ――何で私にはそのことを教えてくれなかった?

 聞いてない。そんなこと一度も聞いてない。アメリから婚約の話なんて一言も聞いてない。


「……あら、もしかして貴女、知らなかったの? 変ね、アメリのことだから、貴女には真っ先に報告したと思っていたのに」


 彼女の言葉が私の心に追い討ちをかける。

 そうだ。私とアメリは約束していた。「お互いに好きな人ができたら、一番最初に報告しようね」と。

 なのに…………何で?

 手が勝手に震える。何だかとても寒い。寒いのに、どくどくと心臓は嫌な音を立てて鼓動していて、頭だけはかっかと熱い。


 ……この後のことは、よく覚えていない。

 ただ、ショックを受けた私がしばらく仕事を放り出して自室に引きこもっても、誰にも何も咎められないくらいには、ひどい顔をして家に帰ってきたらしい。


 訳が分からなくてしばらく呆然とした後、泣いて、泣いて、私はとうとう失意のうちに理解した。


 ……私は、アメリの「一番」じゃなかったのだ。

 私は、アメリの「一番」じゃなかった。それどころかもはや、アメリにとって私はどうでもいい存在となっていたんだろう。大事な婚約のことを打ち明けてもらえないくらいには。


 そのことに気づいた後は、また泣いた。いつから私はアメリの「一番」じゃなかったのか、いつからアメリは私に興味を失ってしまったのかと。

 そして戻らない学園生活の日々を思い出しては、悲しくてまた泣いた。


 ひとしきり泣いて落ち込んだ後は、何だかムカムカしてきて無性にアメリが許せなくなった。

 だって私はあんなにアメリが大好きで、ずっと「一番」で、それなのにアメリは私なんか歯牙にも掛けないのだ。理不尽な八つ当たりだと分かっていても、こんなこと許せない。

 どうにかして同じ気持ちを味合わせたい。どうにかして、アメリも私のように絶望してくれないものか。







「新郎マルセル、あなたはここにいるジゼルを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「誓います」


 厳かな結婚式が進んでいく。

 私は今日結婚する。隣にいるこの男性と。彼は、私の実家の商会と友好的な繋がりがある、とある商会の次期商会長だ。


 あの後私はひとしきり落ち込んだ後、父にこう泣きついたのだ。

 誰でもいいから結婚がしたい。優しくて家族思いな、我が家のためになる相手を紹介してくれと。

 そうしたら父は「なるほどさては失恋をして落ち込んでいたのだな」と勝手に勘違いし、とびっきり良い縁談を持ってきた。それが彼、マルセル。


 マルセルはとても心優しくて、誠実で、頭が良くて、穏やかな人だった。ついでに容姿も良い。彼の薄茶色の髪や緑色の優しげな瞳はとても素敵だと思う。

 それから彼は、どうやらずっと私のことが気になっていたらしい。

 だけど、私が貴族御用達の学園に通っていたこともあって、自分には手の届かない高嶺の花だと諦めていたと。私は高嶺の花などではないのに。

 だから彼はとびきり私に優しくて、また自らの家族との仲も良好であることから、これ以上ない相手だと判断した私は即座に婚約を決めた。そして、早々に結婚式を挙げることにした。


 そう、私はアメリに対してささやかな復讐をすることにしたのだ。それとはつまり、アメリにされたことと全く同じことを私も仕返すということ。

 アメリが私にだけ伝えずにさっさと婚約をしてしまったのだから、私だってそうする。他の知り合いには皆告げて、アメリにだけは教えないで。

 なぜ自分に結婚のことを教えてくれなかったのか、とほんの少しでもアメリが嘆けばいい。アメリの心に、少しでも私が残ればいい。

 そうしたら、きっと私は報われる。


「新婦ジゼル、あなたはここにいるマルセルを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「誓い――」



「――――待ってジゼル!」



 突然、式場の扉が大声と共に開かれた。何事かと皆がそちらを見る。

 そうしたらそこには、とても式場には相応しくない乱れたワンピース姿のアメリが、息を切らして立っていた。

 その不可解な状況に私が目を瞬いていると、アメリは目を見開いて、掠れた声で囁いた。


「……ジゼル……結婚、するの……?」

「うん、たった今からね」

「そんな……だって私、そんなこと、一度だってジゼルから聞いてないよ……?」


 顔面蒼白なアメリに、私はにっこりと微笑んでみせた。

 この言葉を言えるのが、ずっとずっと心の中だけで吐いていた恨み言が、とうとう本人に言えるのが嬉しくて仕方がなかったから。


「でも、アメリだって婚約のことを私に教えてくれなかったでしょ?」


 そう言って小首を傾げてみせると、アメリはさらに青い顔色になった。


「そ……それは! 違うの! 私は本当は婚約したくなくて、でもどうしようもなくて、だけどいつかきちんと破棄をしようと思っていたの! だからジゼルに言わなかっただけ! ジゼルにだけは、言いたくなかったの! お願い、聞いてジゼル! 私、本当は、ジゼルのこと――」


 なぜか焦って言い訳を重ねるアメリの言葉を私は途中で遮った。この際だから、全てぶちまけてしまおうと思った。


「――私ね、アメリの婚約のことを教えてもらえなくて傷ついたの。だって私、アメリは一番の親友だと思ってたから。だけどね、もう私はそのことを気にしてないよ。だって――今から素敵な旦那さんと結婚できるんだから」


 私が傍らのマルセルに微笑みかけると、彼は頬を赤く染めて、幸せそうに笑った。

 私はアメリの一番にはなれない。ならばせめて、少しでも彼女を傷つけたかった。そうして、アメリが私のことを忘れないでいてくれるのなら、私はそれだけで満足だった。


「神父さん。私は誓います」


 仕切り直すように神父へと言うと、我を取り戻した神父が「では誓いのキスを」と言う。

 するとマルセルが緊張した様子で、それでも優しく唇を重ねてきた。


 ……ああ、きっと私は幸せになれる。

 だって、目の前で微笑む旦那さんがこんなにも幸せそうな顔をしていて、私の家族や彼の家族も喜んでくれていて、それから――



 ――――私の一番(アメリ)が、この世の終わりを見たかのように絶望しきった表情をしていたから。



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