21.放たれて感染拡大
それはたった1匹のゾンビだった。
皆が命辛々逃げ込み、安全だと安心していたはずの建物で、1匹のゾンビが紛れていた。
そのゾンビにはどこかに外傷がある訳では無く、普通の人間として連れて来られていた。
いや、実際に連れて来られた時には辛うじて人間だったのかもしれない。
ただひたすらに、お母さんに会いたいと願う気持ちを抱いていたはずだから。
建物に連れて来られた時にはまだ大人しかったそれは徐々に様子がおかしくなる。
だがそのゾンビの容姿は幼く、またどこか傷が付いている訳でも無かったため、親に会えない恐怖から錯乱しているのだと決め付けられ閉じ込めるだけに済まされた。
そうして縛られ、隔離され、次第に飢えを蓄積していった。
やがて飢えたゾンビの前に餌が置かれた。
ゾンビはゆっくりと餌に手を伸ばし餌にありつく。
餌は首を千切られ噴水を流し、背中を抉られ背骨が顔を出し、その背面が骨だけになると、その場に手を離された。
目の前の餌だけでは満足の行かなかったゾンビは、次の餌を探すため動き出す。
進もうとするも邪魔をしていた首輪は、今なら力任せに動くだけで引き千切ることが出来た。
手離された餌も、ガクガクと震えつつも立ち上がりそれについて行く。
彼らは次の餌を求めて。避難民達の待つ居住スペースへと。
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「ツバサさん、寝ないんですか?」
荒居の子供の相手をする為と、先程スタッフルームへと向かった瀬川さんを見送ったあと俺達はすぐに就寝する事はなかった。
「ああ、寝ようとは思ってるんだけどちょっと寝付きが悪いだけだよ。アズマくんは気にせず寝ちゃっていいからね」
「はい、そうします」
ツバサさんはそう言ってくれるが、此方も寝付けなくはなっていた。
まぁ此方には魔法の整理をしたり横になりながらでもやる事はあるので眠くなるまでの時間潰しはある。
フィーはどうしてるのかなと見てみると、丸まっているホムラモフモフベッドを背に身体を埋め、人形の様に綺麗な顔から涎を垂らして爆睡していた。
こいつちゃっかりしている……。
俺も寝るかと横になると、此方に向かって走ってくる足跡が聞こえた。
何かデジャブだなこれ……。
どうも急いでいる様子だったので今度は起き上がって待つことにする。
足跡は直ぐに近づいてきて、声を掛けてきた。
「ツバサ助けて!」
声の主人は先程荒居について行ったはずの瀬川さんだった。
「どうしたミズキ、助けてって?」
瀬川さんはかなり切羽詰まっている様子で、息を切らしながらも話をして来る。
「ツバサ! 大変! 建物にゾンビが紛れてた! 荒居さんが勘違いしてるから早くどうにかしなきゃ!」
「落ち着けミズキ、要領を得ないぞ。ゾンビが紛れてると荒居が勘違いってなんだ?」
「スタッフルームに行ったら荒居さんの子供が居たんだけど、その子供が」
「ここにおったか!」
瀬川さんの言葉を遮りおっさんの汚い叫び声が聞こえる。
荒居までやってきた。
「お前何しようとしている? うちの娘は無事じゃ! 余計なことすな!」
荒居は、瀬川さんに何かされたく無いといった様子で叫びながら近づいて来る。
ツバサさんは立ち上がり、2人の間に立って瀬川さんを背に隠した。
「落ち着いてください荒居さん。ミズキも何が言いたいのかゆっくり喋ってくれ」
「さっき荒居さんの子供の世話をしにスタッフルームに行ったんだけど、荒居さんの子供は暴れるからという理由で首輪で壁に繋がれていたの。それで表情をしっかりと見たら、ゾンビ達と同じような青白い顔をひていた。食事をしなかった理由は、子供が既にゾンビになっていたからよ!」
「だぼ! だからゾンビになどなっとらん! ショウコは一度だって噛まれてなんかおらん!」
会話を聞くに、どうやら荒居の子供がゾンビ化していて、それを皆の入れない部屋で隠していたと。
やってくれたなこのおっさん。
けれど荒居の主張する1度も噛まれていないのにゾンビにっていうのはどういう事だろうか。
「子供はスタッフルームで拘束されていたから、今のうちに何か対処をしないと!」
「待て待て、一方の話だけじゃまとまらない。荒居さん、本当に噛まれてはいないんですよね? 僕も確認させて貰いに行きます。それで証明しましょう」
「間違いなく噛まれとらん! 母親に会えなくて少しパニックになってるだけや! 着いてきい!」
荒居の主張する噛まれていないのにゾンビになっていると言うのは確かに気になる。
いや、そもそもの話だが、今この街にいるゾンビは最初にどうやって発生したんだ……?
フィーの話を聞く限り、これは他の異世界からやって来た霊の仕業だと思っていたがらどの様に広がっているのかまでは考えていなかった。
「1人じゃダメ! 絶対危険だから他の人たちも連れて行って!」
状況を確認しに行こうとするツバサさんを瀬川さんが必死に止める。
本当にゾンビがいるのであれば俺も行ったほうがいいかもしれない。
「ツバサさん、僕もついて行きます。何かあれば僕がなんとか……」
「ぎゃああああああ!」
言いかけたいた所で大きな悲鳴に遮られる。
悲鳴は居住スペースの入り口の方から聞こえており、皆一斉にそちらに目を向けた。
4人の視線の先、そこには服を真っ赤に染めた三谷に襲われている避難民達の姿があった。




