2.現れて押し売り妖精
太陽が2つある事に気がつくと、その片方が此方に向かって近づいて来ていた。
徐々に迫ってくる光を見て、俺は眩しさにそれを手で覆ってしまう。
「あら? ちょっと輝きが過ぎたかしら。待ってね、今抑えるから」
光に目が眩んでいると、空から女の子の声が聞こえてきた。
謎の声に困惑を覚えていると、目の前の光は徐々に抑えられていく。
俺は細めた目で光を見ていると、中から人型の小さなシルエットが浮かび上がってきた。
「なんだ……?」
目の前の珍事に疑問符を浮かべていると、やがて光が消えて声の主が見える様になる。
目線の先、そこには透明な羽を背に生やす、人形の様に整った女の子が空を飛んでいた。
女の子はその可愛らしい顔を此方に向けると、小さな口を開き喋りかけてきた。
「お待たせ! ちょっと気合が入り過ぎちゃったかしら? でもお母さんがね、最初はインパクトが大事だって! お父さんも、初めて見た瞬間、私に一目惚れインパクトだったってよく言っていたのよ! どう? インパクトした!?」
何が起きるのかと緊張していたが、いきなりのマシンガントーク。
目の前のバカにできない事象が、妙にバカっぽい事を言い出した。
動く腐乱死体の次は、喋る羽虫人間が現れて、目覚めてからの展開に脳の処理が追いついて行けてない。
「えっ……おま、何……?」
CPUの冷却を終えないまま、反射的に声をかけてしまった。
あ、そもそも話しかけて良かったのか、これ。
不安を覚えていると、女の子は変わらぬ調子で話しを続けてきた。
「聞いてるのかしら? まあいいわ! あなた今とっても困ってるでしょう!? だからこのあたしが助けてあげるわ!」
自分の言葉は投げ捨てられ会話が進んだ。
しかしこの子、なんて言った? 救援の言葉を投げかけている様だが……。
会話は出来そうなので返事を返してみる。
「えーっと……助けるって言うのは、この閉じ込められている状況から? それはそのー……君が?」
「そうよ! 他に誰がいるのかしら!」
やはりこの手の平ほどの女の子が、俺を助けてくれようとしているらしい。
「そのー、この状況をどうにかしようとしてくれてるのは嬉しいけど、まだ焦るような時間じゃないかなって。時間をおけば自衛隊とかが来るかもしれないし」
不思議生物からの救援は、突然過ぎて怪しさ満々だったのでお断りを入れておく。
「自衛隊とは何かしら? それに、あなたを助けてくれる者は来ないと思うわ。だって今そこら中がこうなんだもの」
言葉を繋げれるようになり、会話のキャッチボールが出来たと思ったら、新たな情報を提供された……そこら中が?
「ちょい待った。そこら中がって、この辺だけじゃなく街中で人がゾンビ化して襲ってくるってことか?」
どうもこの近辺だけで起きているわけでは無いらしい。
俺が寝坊してる間に何がどうなって……
バコン!!! バコン!!!
不安な情報を聞いたその時、自室の扉が強く叩かれだした。
お隣さんゾンビが扉を破壊しに来ている。
「とにかく! 今のあなたを助けてあげれるのはあたしだけなの! 見返りはもらうつもりだけど、助けてあげるから! 契約してフィーの妖精術士になってよ!」
詳しい説明もなく女の子は強引なヘルプの押し売りをしてくる。
さらりと対価を求める一言も付け加えられて。
「いやいやいや! 怪しすぎるだろう!」
古今東西、ピンチにつけ込んで話を持ち込んでくるのは、悪魔か畜生マスコットと相場が決まっているのだ。
「というか、妖精術士になれってどういう……」
バギィ!!!
俺の言葉は何かの破壊される音に遮られた。
振り返ると、扉は半壊され、机のバリケードに詰まってぎりぎり塞げている様な状態になっていた。
俺は慌てて机を押さえる。
「もう! 全然聞いてないでしょう!」
「こんな状態で話なんか聞けるか!」
やっと休めたと思ったのに、腕に疲労の溜まったまま力勝負が再開されてしまった。
気を抜くと抑えきれなくなりそうだ。
「そこはあたしが抑えててあげるからちゃんとこっち向いて!」
フィーがそう言って机の上を飛ぶと、粉のようなものが撒かれて机が淡い光で包まれる。
すると押し合い状態でガタガタに揺れていた机はぴたりと止まった。
手を離しても押される気配はないので、フィーが何か不思議な力で固定してくれている様だ。
「これは……?」
「やっと話を聞く気になったかしら? これは妖精魔法よ! 地面に深く埋まった岩のようにイメージして動かなくしたの」
「は? 妖精魔法?」
もう一度机を見てみる。
相変わらずゾンビは板の向こうから襲い掛かろうとしてきているが、机は淡く光りビクともしていない。
「ならその調子で向こうのゾンビもどうにかしてくれよ」
「今のあたしだとこれぐらいの事しか力が出せないから、これ以上は契約してもらうしかないわよ」
ぐっ、これ以上助かりたければ契約が必要とは営業の上手い事で。
けれども、怪しさ満々ではあるが今しがた起きた超常現象は、これなら助かる道が有るかもしれないという妙な期待感はあった。
それに目の前で起きている事に普通の事をしても、どうしようも無い気もしている。
俺は目の前の妖精の言葉に気持ちを傾け始めていた。
「あーもうわかった! 見返りでも何でも後で聞いてやる!」
もうどうにでもなあれだ、死ぬよかまし、何とかしてもらおうじゃないか。
「ふふん! 分かってるじゃない! あたしにもやってほしい事があるの! でもパートナーである限り、どんな時もあたしは味方だから安心して!」
契約成立の返事をすると、妖精の少女は高らかに名乗りを上げる。
「あたしは フィー ! 妖精の フィー よ! パートナーになるんだから、もう君なんて呼ばないでね!」
「フィーね……。後でちゃんと、もろもろ詳しく聞かせてもらうからな!」
告げられた妖精の名前を復唱し、こちらも名前を名乗る。
「俺はアズマ。 伊吹アズマだ。ちゃんと手を貸してもらうからな」