1.寝過ごしてパンデミック
それは正月も終わり、新しい年の始まった時期。
冬休みに味わった惰眠と、この時期の寒さから布団の恋しさを全身で感じている頃だった。
ドンドンドン! ドンドンドン!
うるさいな……朝から人の家の玄関をグーで殴るなんて非常識じゃないですかねえ。
普段なら聞き慣れない、不快な音で起こされる。
昨夜は妙に寝付きが悪かったせいか起きてもまだ眠い……今何時だ?
寝ぼけ眼で携帯の時計を見る。
ぼやぼやの視界を凝らして時計を見ると時刻は14時を指し、絶賛大遅刻を表していた。
「やっべえ! なんだこの時間! 寝過ごすってレベルじゃねえぞ!」
精神は飛び起きるように覚醒し、布団から離脱する。
「やってしまった……」
まさかこんな時間まで布団離れが出来ないとは……。
推薦による早めの大学受験も終わり、気が緩んでいたのかもしれない。
覚めた目で携帯を見直すと、大量の不在着信が来ていることに気がつく。
学校の友人だけでなく、父、母、弟、etc……。
登校していない事がバレて家族からも連絡が来たのか?
さっきから叩かれている玄関も、誰かが起こしにでも来たのだろうか。
大寝坊したからとは言え、こんな総出で起こしにかかる事はないだろうに……。
……ドンドン……ドン……。
先程よりも、ドア叩きの勢いが落ちてきている。
きっと叩き手も疲れたのだろうと思い、一先ず起きた事を伝えに向かった。
「はいはいはーい。起きましたともさー、そんなに叩いちゃドアが」
そう言い掛けながら玄関を開けると、ゴツンと扉が何かにぶつかった。
前にいた人にでもぶつけてしまったかと慌てて覗くと、血だらけになったお隣の奥さんが、子供に寄り添われて横たわっていた。
えええええええ!!! そんな勢いよくぶつけちゃいました!?
軽く開けたつもりが大惨事である。
まさかこんな事になるなんて。
目覚め一発。いきなりのスプラッタな光景にあたふたとする。
あぁ……子供もぐちゃぐちゃと泣いてお母さんに縋り付いているし……ん? ぐちゃぐちゃ?
おおよそ泣き声とは思えない音に視線を向けていくと、こちらに気づいた子供が口周りを赤く染め、青い血管の浮かんだ顔を向けてきた。
「あえ゛ぁ゛?」
お口がケチャップで汚れてますよー?
もう一度視線を奥さんの方へ視線を向ける。
その服は何かに食い破られたように剥げており、ドアにぶつかっただけとは思えない容態をしていた。
何事ですかいこれは?
脳の処理が追いつかないが、何かヤバい香りがしたため、そっと玄関を閉じていく。
しかし閉じ掛けていた扉はゴスリと何かに引っかかり止まった。
視線を下に向けると口を赤く染めた子供の頭が首元で引っ掛かっていた。
子供は痛がる様子もなく、視線を此方に向けガチガチと歯を鳴らしている。
「おぎゃあぁ゛! あぎぁ゛ぎぎぃ!!」
「なになになに!! お子さんお元気が過ぎませんか!?」
こちらを噛み殺そうかという勢いで叫び出した子供を見て、思わず扉を強く引いてしまう。
首元で挟まれた子供は、狂った時計のように顔を振り回していた。
その様は抜け出すために苦しんでいるというよりは、なりふり構わずこちらに襲い掛かろうとしているように見える
「なになになになに!」
感性は扉を開けるのはヤバいと警告を鳴らしているが、このままでは子供の首が千切れてしまうのでは……。
グロテスクな惨状が脳内に過り、扉に込める力を緩めそうになったその時。
ガシリ。
「あぁ゛ぁ゛!!!」
「奥さんさんん!?!!」
先程まで横たわっていたお隣の奥さんが、奇声をあげながら指先を扉の隙間に入れ、こちらを覗いてきたのである。
「生きてたんすね!? よかったあ!! じゃあ僕はこれで! ああああ離して怖い怖い! ごめんなさい! ごめんなさい! そんな怒らないでええ!!!」
口では謝るが、様子のおかしいお隣さんにびびり、ドアに掛けていた力を込めなおす。
子供の頭が荒れ狂っている。
しばし扉で綱引きを繰り広げていたが、すぐにこちらの腕の力に限界を感じ始めた。
「なに!? この人達、力強すぎ……! 腕が持たねえよ!」
腕の力がこれ以上持たないと感じ、玄関での攻防は諦めて急いで1番近くの自室へと駆け込んだ。
急いで扉の鍵を閉め、念のため勉強机で抑える。
どうにか自室に篭城はできたが、ドンドンと扉が揺れるのを見るに、家の中には入られてしまったようだ。
「とりあえず警察に電話か……? けど何て言えば。血塗れにしちゃったお隣さんに襲われています?」
状況報告が意味不明すぎる。
何て伝えれば助けを求められ……
『ただいま回線が大変混み合っております。そのままお待ちになるか、後ほどもう一度お掛け直しください』
「なんで繋がらない!?」
焦りながらも110番へと電話を掛けるが、定期文章が繰り返されるだけで、何度掛けなおしても電話の繋がる様子がなかった。
「こんな時に限って! ……窓から大声を上げれば誰か気づいてくれるか?」
次の手を考えて部屋の窓を開けた。
マンションの4階のため、なかなか気づかれないかもしれないが声を張り上げるしかあるまい。
「おおーーーい! 誰か助けてください! 家の中に人が押し入って」
窓から顔を出して叫ぶが、人はいるのに誰もこちらを気にしない。
それどころか外にいる人たちは、何故か虚ろな様子で歩いていた。
「なんだ? 皆なにをして……」
声を上げる気はなくなり様子をうかがっていると、死に物狂いかのように走るおっさんがこちらへとやってきた。
先ほどまで虚に歩いていた人達は、走るおっさんが近くを通ると視線を上げ、飛び付くようにおっさんへと抱きつき始める。
おっさんは必死に避けて走っていたが、程なく若い女性に捕まり泣き喚き出す。
女性はおっさんよりも華奢に見えるが、必死に足掻くおっさんよりも力が強いようでじりじりと組み伏せていき完全に馬乗りになった。
「あの人、何しようとして……?」
女性は馬乗りになっているおっさんの顔を押さえると視線を向ける。
顔を掴まれたおっさんは表情を恐怖に染めていた。
女性はおっさんを見つめてゆっくりゆっくりと顔を近づけていく。
そして2人の唇が今にも触れ合いそうな距離へと迫った時……大口を開けてガブリと噛み付いた。
「ぎゃあああああ!!!!」
おっさんは此方まで聞こえてくる悲鳴を上げてもがいているが振り解ける様子は無く、女性のなすがままにされている。
やがて女性が顔を上げるとおっさんの顔からは上唇が無くなっており白い歯が露出していた。
「大丈夫かあのおっさん……?」
女性が上を向き咀嚼を繰り返していると、周りの人達もおっさんへと群がり始め、おっさんは逃げることもできず人の波に飲まれていった。
群がる人集りからさらに大きな悲鳴が上がると、集団の足元には赤い血のプールが広がっていく。
やがておっさんの悲鳴が止むと集団は離散し、中央には服も肌も頭も剥げた血塗れのおっさんが横たわっていた。
「こ、殺された……?」
自分の状況を忘れて倒れているおっさんに目を向ける。
するとおっさんはビクビクと震え出し、全身の肉が剥げているにも関わらず身を起き上がらせだした。
そうして周りの人に混じりガクガクと覚束ない足取りで、おっさんは虚ろに歩き出す。
「……これ、ゾンビじゃね?」
よくフィクションの題材になる物が脳裏に浮かんだ。
漫画や映画レベルのものではあるが、知識としては知っている。
死んだ人間が街中を歩き、噛み付かれた者はまたゾンビの仲間となり動き出す。
そんなフィクションの世界では広く知られた状況が、現実に起きていた。
ふと自分の状況を再確認し、項垂れる。
警察に電話は繋がらないし、外にはゾンビが歩き回っている。
それどころか、自室の木のドア1枚を隔てた向こうには、あれと同じゾンビが2体もいのだ。
「寝起きだと思ったら夢だったのかね」
ベタな展開だが頬を摘んでみると、これまたベタな展開だが頬は痛かった。
そりゃ夢じゃ無いよな。
お天道さんだってまだ空に登って輝いているのだ。寝る時間では無い。
眩しく輝く2つの太陽を見て、これが夢では無いと再確認する。
「何だよ今日に限って、太陽2つで眩しいっつーの……は? 太陽が2つ?」
見知らぬ2つ目の太陽が空に浮かんでいることに気付く。
もう一度目を向けると、片方の太陽が徐々に此方へと近づいてきていた。
……え?
初投稿で拙い文章が続くかとは思いますが、出来る限り毎日投稿を目標に続けて行きたいと思いますので、よろしくお願いします。




