85話 郷田 洋二
翌日、バルグ商会の社長室。そこのソファにアラヤは腰を下ろしていた。
朝のうちから商会に来たのは、昨日お風呂を借りた際に約束していたからだ。
「これが、防振クッションの材料表と作り方。こっちがポプリに使用できる花やハーブの種類とオイルの種類です。トイレの便器の設計図はこれです。陶磁器を作る材料や混合比は、メリダさんしか知りませんので、本人に尋ねるか独自で発見して下さい。新しく開発する予定の物の設計図は、自宅が決まった後から取り掛かる予定です」
防振クッション、数種類のポプリの現品、それぞれの成分表、便器・便座・貯水タンクの設計図をガルムさんの前に提出する。
「はい、確かに預かった。陶磁器の配合については、我が社が抱えてる陶芸家達に任せて、メリダの作品は高級品として扱うつもりだよ。ポプリやクッションは、直ぐに生産ラインを組めそうだ。ところで、物件探しは本当に手は要らないのかね?」
「はい。そこまでお世話になってしまうと、商会の方々に申し訳ないので」
「そうか。でも商品開発での資材調達は遠慮なく言ってくれ。足りない物は直ぐに手配するように、担当には言っておくから」
「はい、分かりました」
用事を済ませたアラヤは、バルグ商会を出てアヤコさん達と待ち合わせをしている繁華街へ向かった。
「ねぇ、アヤ。このブレスレット可愛いと思わない?」
アラヤとの待ち合わせまで、いろんな店を見て回る女性2人と従獣1匹。
だけど買うものは何一つ無い。いわゆるウィンドウショッピングというやつだ。今から家を購入する予定だというのに、余計な出費をするわけにはいかない。
もちろん、サナエも理解している上で楽しんでいるだけである。
「もし、そこのお嬢さん?」
背後から声を掛けられ振り返ると、見ただけで成金分かる派手な格好のドワーフが、ニンマリと笑っている。
「何でしょうか?」
「そのシルバーファングは貴女の従獣ですかな?」
指輪が幾つも嵌められたゴツイ手で、アヤコの後ろで大人しくしていたクララを指差す。
「いいえ、この子は私達の護衛です。この子のご主人はもう直ぐ来る頃だと思います。どういった御用件でしょうか?」
「いや、ワシに売ってくれと頼もうかと思ったんだが、今居らんなら結構だ」
待てばもう直ぐ来ると言うのに、そそくさと去って行くドワーフ。めちゃくちゃ怪しい。本気で買う気なら待つだろう。しかし、アヤコの従獣かを聞いただけで帰るあたり、クララの主人が誰かを探っただけなのかもしれない。
「クララの毛は綺麗だから、周りから注目されてるんだね」
「この街、他にも、亜人種居る。私も、狼人になる?」
「それはアラヤ君に聞いてからにしましょう」
確かにこの街なら人型になっても珍しくは無いかもしれないけど、他に居る亜人種達は皆、奴隷という立場である。この環境の中で変身することを、アラヤが良しとするとは思えない。
「おい、篠崎!土田!」
「え⁈」
突如、前世界の苗字で呼ばれた2人は驚いて周りを見渡す。すると、ドワーフと人兎の女奴隷を従えて歩く男に目が止まる。その男達の最後尾には、先程の成金ドワーフが居た。
「久しぶりだなぁ?」
「郷田…君」
アヤコ達は既に、彼が強欲の魔王だという事は知っている。しかし、そこは知らない素ぶりで通すべきだろう。
「あの日、クラスで起こった怪奇現象の後、皆バラバラになったみたいでさー。俺、探してたんだわ」
「探すも何も、皆んな死んじゃったよ…」
「マジか~。魔物とか居る世界みたいだし、そんな気はしてたんだけどな。んじゃ、最近将棋やカヌーみたいな前世界の品物を、バルグ商会を通して売り出してるのは篠崎達だったか」
「生活する為には、知識を売る必要があったのよ」
「分かるよ。別に責めはしないさ。ただ、ここで会ったのも何かの縁だ。どうだ?バルグ商会を辞めてヴェストリ商会に来ないか?」
「それはヘッドハンティングのつもり?」
「その通りさ。同じ世界に居たよしみだ。バルグ商会よりも良い待遇を約束してやるよ。知ってる人間が近くに居た方が、安心できるだろう?だから、俺の部下にならないか?」
こんな男の部下になるなど、アラヤ君に頼まれても絶対にお断りである。だいたい、この男の側にいて安心できるとは思えない。
「ごめんなさい、私達はバルグ商会の方々に大変お世話になってるの。だから、お断りするわ」
「そうかい。それは残念だよ。それならせめて、ヴェストリ商会で俺が手掛けたこの商品を一つ買ってくれないか?君達の評価を聞きたいんだ」
郷田はそう言うと、部下に持たせていた箱を取り、中から小さな物を取り出した。
「普段なら一つ大金貨1枚なんだけど、君には金貨2枚でいいよ」
それは黒革の手帳だった。この世界ではまだ、紙を使った品は高価な部類に入る。アヤコは、喉から手が出る程に欲しかったが、今は我慢と首を振る。
「ん~じゃあ、金貨1枚だ」
「買います」
結局、あっさりと欲に負けてしまった。サナエちゃんは、それくらいなら良いんじゃない?と責めないでくれる。
後でアラヤ君にも謝ろうと、金貨を1枚取り出して手帳と交換する。
「アヤコさん、どうしたの?」
そこへ、間の悪い事にアラヤがやって来てしまった。謝るつもりだったのに、アヤコは慌てて手帳を後ろに隠してしまう。
「これはこれは、やっと旦那さんの登場かね?」
「お前は、郷田⁈」
「おいおい、呼び捨てかよ?こっちに来てから苗字だけじゃなく、態度まで変わったんじゃないか?アラヤ=グラコ君~?」
『コイツ、鑑定持ちだ!』
「初めから、土田と篠崎の苗字がグラコになってたのには気付いてた。お前みたいなチビと結婚するとは、コイツらも必死だったんだろうなぁ。まぁ、お前も職種は魔法剣士で割と強いみたいだし、バルグ商会なんか辞めて俺の所に来いよ」
「断る!俺はお前の部下になんか絶対にならない!」
すると、郷田はヘラヘラした態度を止めて冷ややかな表情に変わる。アラヤは、こっちの態度の方がこの男の素だと知っている。
「何が自分の得になるか良く考えてから、味方を選べよな。今の俺は誰よりも強い。せいぜい、後から良い声で泣き付いて来いよ」
アラヤを見下ろして少し睨むと、再び表情を変えて身を翻した。
「用は済んだ。帰るぞ~」
そう言うと、来た道へと引き返していく。しかし、アヤコさんの側を通り過ぎる際に、彼女の耳元で小さな声で囁いた。
「御馳走様、ありがとうな?」
そう、意味が分からない事を言って、その場を去って行った。直ぐにアラヤが駆け寄ってくる。
「アヤコさん、大丈夫だった?」
「はい、平気です。あんな奴とは、もう二度と関わりたく無いですね」
「そうだね。気分転換に、果物でも買って食べる?」
「良いですね!」
アラヤ達は、近くにあった果物屋に入る。この世界の果物は、前世界とは違う彩りや大きさだけど、味はほぼ一緒である。
「メスシモア、ルキラビミロ」
「えっ?」
「チロ、デマワビノ」
突然の事でアヤコは耳を疑った。青ざめるアヤコに気付いたクララが覗き込んでくる。
「ガウガウ?」
「嘘⁉︎どうして⁈」
頭を抱えてしゃがみ込むアヤコに、周りは驚き戸惑う。
「アヤコさん、一体どうしたの?」
「あ、アラヤ君。わ、わ、私を鑑定してください」
彼女は震えながら、アラヤの腕にしがみつく。アラヤは言われた通りに彼女を鑑定してみた。
「えっ⁈」
驚くアラヤの態度で彼女は理解した。自分の恐れている状態に、結果がなっているのだと。
「ス、技能が全部、消えてる…⁉︎」
サナエとクララも、その言葉の意味を直ぐには理解できずに、4人はただ茫然と立ち尽くすだけだった。




