58話 分別の勇者
「さっきはどうしたの、アラヤ⁈」
「ああ、ちょっと気が動転しちゃってね。今は大丈夫だよ」
アラヤは、ハハハ…と誤魔化す様に笑いながら、空になった皿を重ねている。サナエ達の心配をよそに、彼の食欲はいつも通りである。直ぐに、また新たな焼き魚の皿が、彼の前に差し出される。
「気が動転する程の冒険者だったのですか?」
『気配感知に反応無かったのもだけど、鑑定も出来無かったよ』
あえて彼が念話で答えた事で、アヤコにはアラヤが慌てた原因を理解した。先程の冒険者は、魔王か勇者だと疑っており、ソーリンにはアラヤが魔王だという事は知らてはならないという事だ。
『それで、どうします?』
『次に見かけたら、近付き過ぎないようにして、超聴覚で会話を盗み聞きする』
念話のやり取りとは感覚を切り離しているように、もぐもぐと焼き魚を平らげながら、メニュー表で次の頼む品を見ている。ある意味で器用だなと、アヤコは感心していた。
「アラヤさん、食事の後は食塩の買い取りやら物資の調達に向かいますが、よろしいですか?」
「もちろん良いよ。しっかりと鑑定するさ。ついでに魚市場にも寄りたいな」
「魚市場は今日はもう終わってる時間だと思いますよ。行くなら、明日の朝にしましょう。でも、大量には買えませんよ?直ぐに痛んでしまいますから、輸送は無理ですし」
「その点は大丈夫。自分達用しか買わないからさ」
亜空間収納があるので、収納した瞬間から劣化しないからね。いつでも食べたい時に新鮮な魚を食べることができる。
「王都みたいに、大陸内部にある街などには新鮮な魚は運ばれる事は無いのですね」
「はい。例え魔法で凍らせたとしても、途中で溶けてしまいますから」
「やはり、新鮮な魚を陸内でいただくには活魚車や冷凍車が無いと無理ですね」
「何ですか⁈その夢の様な活魚車や冷凍車という車は⁈」
アヤコの話に、ソーリンは商売人の顔へと一瞬で変わる。
「アラヤ君、どうにかできませんか?」
「いや、アヤコさん、丸投げしないでよ。…そもそも冷凍車を作るには、先ず冷凍庫を作れなきゃ。冷気を維持する断熱材や、冷やす為のドライアイスや水魔法のアイスが必要だ。冷凍荷馬車一台に、水魔法術士を一人雇っていたら、大赤字だろう?」
「それは、魔石を用いれば何とかなるやもしれませんよ」
「魔石?魔物が落とす石みたいなやつ?」
「いいえ、高純度の魔素が年月を掛けて結晶化した石の事です。魔石には魔法を蓄える事が出来まして、アイスの魔法を沢山蓄えておけば、いつでも微量の魔力で発動可能です。少し高価ですが、水魔法を使えない者達にも使用できますから」
魔法を蓄えられるのなら、電池的な物も作れそうじゃないか。いろいろな商品が作れそうな予感がするね。
「それで、活魚車というのは?」
「簡単に言えば、魚を生きた状態で運ぶ海水を入れた車だよ。これも、断熱材と防水性の高いFRPが必要だ。しかも、エアー、酸素の供給、ろ過、水流、水質温度の維持と、魚の種類によって変わる。冷凍よりも新鮮で味落ちしないけど、水質調整は誰でもできるとは言えないかも」
「では、活魚車は後に検討するという事で。ああ、アラヤさん達と居れば、次々とヒット商品が誕生しそうですね!」
便利な物が増えるのは良いけど、このままだと目立ち過ぎる気がする。 頻繁に新しい物を作るのは止めておこう。
「そろそろ、塩を買いに行きますか」
「そうだね」
四人は店を出て馬車に乗り、目的の塩田へと向かった。塩田は町の外れにあり、天日採塩法で塩を作成している。この港町カポリは、比較的雨の降水量が少ない地域なのだ。
「すいません、バルグ商会の者です。今年も塩を買いに来ました」
「いらっしゃい。バルグ商会さんは、前回は1トン分の塩を二回に分けて購入してますね。今回はどうします?」
店主が、塩を入れた樽をよっこらしょと抱えて持ってきた。アラヤが、中身の塩を鑑定する。特に何の記載もない、普通の天然塩だ。
「問題無いよ」
「そうですか。なら、今年は1トン分を一回で頂きましょう」
「毎度あり!その大きな馬車なら、確かに全て積めそうだな」
店主が、再び樽を持ち上げようとするのをアラヤが止める。
「運ぶのは俺達でするからいいよ」
「は?坊主と嬢ちゃんが運ぶのか?バカ言っちゃいけねぇ、結構な重さだぞ⁈」
疑うのも無理は無いが、実演してみれば納得はいくものた。百聞は一見にしかずってね。
「グラビティ」
俺とアヤコさんで全ての樽を軽くして、サナエさんを含めた三人で馬車へと軽々と運ぶ。
「こりゃたまげた!あんたら、全員ドワーフかい⁈」
「ドワーフは私だけだよ」
驚く店主に、気持ちが分かるソーリンも苦笑いする。次々と荷台に積まれた樽は、アラヤが店主に見えないように亜空間収納へと収納している。したがって、馬車には何の重さも加わっていない。1トン分の塩を積み込み終え、馬達も重さに苦労する事無く次の海産物店へと向かう。
海産物店は商店街にあり、この大きな馬車で通るのは迷惑になる。仕方なく、馬車番としてアヤコさんとサナエさんの二人に残ってもらい、ソーリンと二人で海産物店を訪れた。
「えっと、干しカンブ (昆布似の海藻)と干し貝、後は魚の塩漬けですね?」
どれも長期保存がきく商品ばかりだ。アラヤも自分達用に、干しカンブと塩漬けを少し購入した。
「ありがとうございました~」
上機嫌の店主に見送られ、馬車へと帰ろうとしたら、視界の端に昨日の冒険者の姿が見えた。ソーリンに先に行くように言い、アラヤは隠密を発動させた。
こっそりと、話し声が聞こえる距離まで近付く。その距離およそ8メートル。超聴覚LV 1で聞こえるギリギリの距離だ。
「だから、私が言っているのは、近隣の村の者達の話だ!お前達の船に乗っているだろう⁉︎」
冒険者の男が、貨物船の指揮を執っていたドワーフの胸元を掴み上げている。ドワーフは、地に着かない足をバタバタと苦しい表情で漕いでいる。
「ウィル、落ち着いて下さい!」
魔術士と弓使いの仲間が、やり過ぎる彼を宥めている。掴んでいた手は離され、ドワーフは地面に尻餅をついた。
「いくら勇者だからって、調子に乗るなよ、ウィリアム=ジャッジ!奴等は望んであの船に乗ってんだよ!お前に奴等を止める権利はねぇ!」
「ふん、そんなわけはない!この港町カポリ周辺の村で、急激な過疎化が進む原因は、ヨウジ=ゴウダが指揮するお前達の人身売買だと見当はついてるんだ!」
「別に強制はしてねぇよ!奴等が家族の為に金を受け取り、向こうでの仕事に就きたいと言ってる!俺達はそれをサポートしてるだけだ!」
両者は睨み合い、今にも殴り合いそうな状態だ。
人身売買?積み荷を運んでいたのは身を売った人間達なのか。つまり、積み荷は彼等の衣食で、商品は彼等自身だったという事か…
「…その向こうの仕事とは、一体何だ?」
「さぁな、俺は知らねぇよ。ただ、向こうにはノーマルは少ねぇらしいからな。利用価値があるんだろうよ」
「…分かった。ならば私も乗船しよう!」
「「「はぁ⁈」」」
ドワーフだけでなく、仲間達でさえも彼の発言に呆気に取られた。
「なに、簡単な事だろう?私も向こうで仕事すると言ってるんだ。さぁ、私を買ってくれ」
「だから、買ってねぇ!奴等はあくまでも雇用契約だ!…くそっ!俺は知らねぇからな!乗るのは許すが、奴等は降ろさねぇぞ!」
ドワーフはそう吐き捨てて去って行った。残された彼の仲間達が、ウィリアムの体を揺さぶる。
「ちょっと、ウィル!どうするのよ⁉︎」
「まさか、本気で乗船するつもりですか⁈行き先はズータニア大陸ですよ‼︎」
「ああ、もちろん乗船するさ。仮にも私は勇者だからね。分別王の名の下に、彼等の行いが正しいか、私が判決を下ししてあげるのだよ!君達とは、この地で別れるとしよう。協会にはよろしく伝えてくれ」
解散を宣告された彼女達は、お互いを見て強く頷いた。
「ウィルが行くなら、私達も行くに決まってるでしょ?」
「そうですよ、教会から貴方の世話は任されているのですから」
「ありがとう、君達は最高のパートナーだよ!」
三人の熱い抱擁を見る気は無いので、アラヤはそっとその場から離れて皆んなの元へと戻った。
あのウィリアムという男、確かに勇者らしく鬱陶しい正義感だったな。ゴウダの悪事を追ってここに来たようだし、触らぬ神に何とやらだ。絶対に関わらないようにしようと、アラヤは強く決心した。




