04話 村探しとカエル
「おはよう、何か幸せそうだな?チビ」
「は?」
いつの間にか寝てしまったらしく、倉戸が目を覚ますと土田さんがニヤニヤと見下ろしていた。
その状態が分かり、倉戸はみるみる赤面する。倉戸を抱擁するように、篠崎が抱きついて寝ていたのだ。しかも身長は彼女の方が高いので、まるで姉が弟を優しく抱き締めているかのように見える。
む、む、胸が顔の直ぐ前にっ⁈
「あ、おはようございます。倉戸君」
ふと目が合うと、彼女は菩薩のような微笑みを見せる。ヤバッ‼︎惚れてまうやろ⁈
「ごめんなさい、寝顔が可愛くて、つい」
「見た目は子供だしね~」
俺は黙ってそっぽを向く。やっぱり年頃の男だし、可愛いと言われて嬉しくは無い。
だが、ドキドキしたのは確かなので、言い返すのは認める事になりそうで嫌だ。これは言わば男としての意地みたいなものだ。俺は無言のまま、バリケードの撤去を始める。
「それで?村か町だっけ?どうやって探すの?」
そう言うと、土田さんは撤去作業を手伝ってくれた。これで黙っているのも、男として違う気がする。
「…とりあえず、川を見つけて辿るか、林道を見つけるかだけど。とにかく、人工的な物を目印に探すしかないかな。一応、水と火は出せるけど、肝心の食べ物も無いし、こんな血だらけの服をいつまでも着ていたくないからね」
「倉戸君の魔法でも綺麗にならなかったしね」
「光魔法のクリーンは、除菌効果だからね。染み付いた血は、染め物扱いで元通りには出来ないみたいだよ。ラノベじゃ、汚れも一瞬で綺麗になるんだけどね」
バリケードを全て撤去し終えて、三人は洞窟から歩み出た。
鳥のさえずりが聞こえる。昨日は、闇が支配する恐ろしい森に思えたが、今はのどかな風を感じる程の優しい森に思えた。しかし、油断は禁物だ。
「ゴブリン達の洞窟とは反対側に進もう。奴等は単?体なら簡単だけど、数が増えれば増える程、危険度が飛躍する魔物だからね」
先ずは崖を降りて、林道か川を探しながら歩いて行く。
「なぁ、もし村を見つけたらどうするんだ?」
「先ずは篠崎さんに対応してもらわないとね。異世界で日本語が通用するとは思えないし。通訳してもらい、その内容を念話で教えてほしい」
「はい。分かりました」
「それからは、衣食住を確保したいよね?だけど、俺達にはこの世界の通貨が無い」
「そ、そうだよね…どうしよう」
「もし、村なら物々交換で少しは手に入ると思うけど、街なら仕事をしないとね」
「仕事って?まさか、私達に身体を売れとか言うのか⁈」
「そ、そそそ、そんなわけ無いだろ!ラノベ知識じゃ、どんな世界にもギルドという仕事斡旋所みたいな施設があるはずなんだよ。家事仕事や薬草採取みたいな仕事、魔物の討伐依頼みたいな仕事、様々な仕事を仲介・管理している施設がさ」
「吃るなよ。そんな反応したら、風俗や奴隷みたいに女性に酷い環境もある世界みたいじゃないか」
「…もちろん、あると思うよ。俺達が居た世界でも風俗は今でもあるし、奴隷制度も昔はあったからね。奴隷制度があるという事は、誘拐なんかも当然あると思う。だから、二人には平和ボケを無くしてもらわないといけない」
「ああ。そうやって、いろいろ忠告してくれないと、私達には分からない事だらけだ。注意すべき点は、どんどん言ってくれよ?今の私達にはあんたの知識と力が頼りだからね」
いつの間にか歩みを止めて、土田さんと見つめ合っていた。その眼差しは、私は信頼しているよと、とても力強い眼差しだ。彼女は、彼の死を乗り越え生きる活力を得たのだろうか?心中は分からないけど、その信頼に応えてやらないといけない。
「俺も、この世界の情報をまだ何も知らない。だけど、二人の為に力になれる事は全部するつもりだよ」
「じゃ、じゃあ、せっかくなので、下の名前で呼びあう事にしません?」
ええっ?篠崎さんがいきなり詰めて来たんだけど⁈俺的には、距離感って大事だよねと思うんだ。ほら、こっちに来る前は俺っていじめられっ子だったわけだし。
「ええ~?チビでいいじゃん」
ほら、こう呼ばれてるし。
「早苗ちゃん、それは名前じゃ無いでしょ?」
「はぁ。それならルールを作ろうか。先ず、これから先は本名では呼ばない事」
「「え?」」
「理由は、姓を王族や貴族だけ持ち、平民には無くて名前だけの場合もあるからね。だけど、使える場合では名前を先にして、俺の場合だとアラヤ=クラトみたいな感じで使うようにしよう」
「なるほどね。じゃあ私はサナエ=ツチダね」
「ふふっ、私はアヤコ=シノサキですね。よろしくお願いしますね?アラヤ」
「こ、こちらこそ、アヤコさん、サナエさん」
「呼び捨てでいいんだけど?」
「うう…敬称を外すのは、まだハードルが高いです」
奥手な俺が、女性とそこまでいきなり距離を詰められる訳無いよ⁈
「と、とにかく、先ずはこの森から出て村を探そう」
「は~い」
ダメだ。緊張感が抜けてしまった。こんな時に魔物と遭遇したら危ない。三人の中で、戦えるのは俺だけだし。…あ、もしかして、フラグ立てちゃった?
「あれ?あそこに大っきいカエルがいるよ?」
案の定、アヤコの指差す方向に、茂みからピョコピョコ飛び出すカエルの姿があった。ただし、その大きさは大型犬並だけど。
「か、鑑定!…ビッグフロッグ。大人になると最大 体長4メートルまでなる巨体蛙。小動物を食べる魔物である。脚肉は食用として人気が高い。一応、まだ子供みたいだな」
「うぇっ!カエル食べんの?え~信じられない」
「いや、元の世界にも食用カエルってあったし、鳥のササミみたいで美味しいらしいぞ?何より、昼飯が無いよりはマシだろ?」
すると、声に気付いたビッグフロッグがこちらに向かって来る。
「エアカッター」
三発のエアカッターを放ったが、フロッグの皮膚を覆う粘膜みたいなものでダメージが通らない。これはレベル不足か…
チャンスとばかりに、フロッグは長い舌を鞭のように叩きつけて来る。
舌を躱し続け、短刀で斬りつける。舌を傷付けられたフロッグは怒り、更に激しく振り回す。しかし、今のアラヤには躱す事は容易かった。
「風がダメなら焼いてやる!フレイム‼︎フレイム‼︎フレイム‼︎」
フロッグの粘膜ごと火炎で焼いた。プスプスと煙りを上げて、フロッグはこんがり焼けている。
「わ、私達は向こう見張っとくね」
先を読んだ女性陣は、頼む前に逃げてしまった。
「うう、俺も解体したくないのに…」
渋々、一人で解体作業を行った。精神耐性あるから良いものの、前の俺には到底出来なかっただろうな。不慣れな作業だったけど、要らない内臓等は穴を掘って埋めた。
「ハァ。亜空間収納があればなぁ」
切り分けた肉を持ち運びできるように、鑑定した害の無い大葉に包んでいく。生肉だから傷むのも早いだろうし、早いとこ焼いて食べるしかないな。燻製のやり方とかちゃんとは知らないもんなぁ。
「おーい、終わったよ!」
「アラヤ!こっちに来てくれ!」
声のする方に行くと、そこには川原があった。
「おおっ!見つけたんだね!」
「カエルもいたから、ひょっとしたら近くにあるかもってね」
「良し!これで川下に向かって行けば、村か街があるはずだ。ここで腹ごしらえをしてから向かうとしよう。丁度、お手頃の岩もあるしね」
アラヤは、プレート状の岩で台を作って下部を燃やす。天然岩の焼肉プレートだ。
「これで良し。後は肉を焼いていこう。二人共、これ焼いてて。魚も獲ってくるから」
葉に包んだ蛙肉を手渡して、川に魚を探しに行く。魚影が見えた辺りに弱めの光魔法サンダーを落とす。プカプカと浮いた魚を集めた。マスに似てるけど、7色に光っている。キラキラしたラメも入ってるけどこれがニジマスなのかな?
魚を持って帰ると、包んでいた葉を皿代わりにして、焼いて肉を並べている。
うん。見た目は美味しそうだよね。
手頃な枝を箸状にカットして、除菌してから配る。
「じゃあ、食べようか?」
「「「いただきます」」」
はむっと噛んで、広がる肉汁と旨味。食感は確かに鶏肉に近いかもね。
三人は、お互いに顔を見る。
「……調味料、欲しいね…」
俺達若人は、素材の味だけでは満足できなくなっていたのである。
でも、勿体無いからね。見た目と違って大食いだから、責任持って俺が多めに食べましたよ。
…ああ、胃が重い。
しばらくして、頭にあの声が聞こえて来た。
『筋肉捕食による技能吸収が100%に到達しました。保護粘膜の技能を習得しました』
何か、嫌な技能を覚えました…