182話 暮れの大火の森
アラヤ達は今、村の巨大樹の間を風精霊の風に乗せた葉絨毯で飛んでいる。
目的地は、村の北西にある【暮れの大火の森】である。村の中に何故に森の名が付く場所があるのか、それは到着した時に理解した。
「わぁっ、綺麗ーーっ!」
「ええ、まさかこの世界でも紅葉狩りができるとは思いませんでした」
「素敵ね。カエデの葉がやや炎の形に似ているわ。それで大火って事かしら?」
「この一帯だけが、何故か紅葉してるんだね」
この紅葉している木々は、村の巨大樹の中でも小振りなおかげで、雪が積もらずに紅葉の景色が堪能できる。
辺りを見渡すと、エルフの男女が枝に腰掛けて景色を見ている姿がチラホラと見える。
「あら、アラヤ様達もこの紅葉を見にいらしたのですか?」
振り返ると、村長のアルディスが笑顔でやって来た。中位風精霊のモースも一緒に居て彼女を浮かせている。
「ええ、村人にこの場所を聞きまして、彼女達も見てみたいと言うので早速来たところです。来て正解でした。とても綺麗な場所ですね」
「それは良かった。それで、イシルウェの姿が見えませんが、一緒では無いのですか?」
「ああ、イシルウェなら我々の野営地に戻り、馬達の世話をして来ると言ってましたね」
見え透いた嘘だと思われるだろうが、村から出れないと言う彼女には確かめる術は一つしか無い。
案の定、モースが彼女の合図で姿を消した。仮に野営地からファウンロド宅に向かったとしても、あの結界ならモース相手でも大丈夫だろう。
「少し、ご一緒しても宜しいかしら?」
「…構いませんが、いろいろと…忙しいのでは?」
「いえ、御礼の準備は着々と進めておりますし、村長としての今日の職務は終わりましたので、今は時間があるのです。まぁ、弟と話す時間を作ったつもりだったのですが…」
彼女は、少しシュンと哀しそうな表情を見せる。こうして見れば、至って普通の弟思いの姉なのだけど。
「アルディスさんは、何故イシルウェと結婚したいのですか?姉弟のままではダメなのですか?」
ここで突然、サナエが直球の質問を投げかける。アルディスは笑顔のままでウンウンと頷きゆっくりと答える。
「確かに結婚せずとも、一緒に暮らす事はできるでしょう。そこには確かに血の繋がりもあり、お互いを思う愛情もあるでしょう。ですが…それは真実の愛では無いのです」
「真実?」
「真に相手を愛するならば、血の繋がりなど壁にはならないのです。彼のあの瞳、鼻、唇、腕、指先、どれも愛おしく擁護するべきもの。彼の息、声、匂いは、私の癒し。そんな彼の愛情は、幼い頃から一緒に過ごした、他ならぬ私に向けられるべきだと思うのです」
思考もだけど、目がヤバイな。分かりますよね?的な圧が凄い。聞いたサナエも若干引いてる。イシルウェの為に、ここは負けずにガツンと言ってやろう。
「でも、彼だって、他の誰かを好きになる事があるかもしれない。貴女が彼を独占してしまうと、彼には自由が無くなると思います。相手の事を想うなら、見守る事も必要だと思いますよ?」
「それではダメなんです!」
諭そうとしたアラヤに、声を荒げるアルディス。これは、逆撫でしちゃったかな。
「好きな人を護りたい、愛したい、側に居たい、独占したいと考える事は悪ですか⁈」
最後がダメでしょうとツッコミを入れたいが、アラヤもそこまで言う勇気が出ない。
「人間の方には分からないでしょうが、そもそも我々エルフは死ぬ時まで若さは変わりません。親だろうが孫だろうが夫婦になれます。人生の伴侶とは、お互いの時間を独占する様なもの。私が愛し、独占したいと思ったのが弟だっただけです。それは決して悪ではありません!」
「それが悪かという論点でしたら、違うでしょう。確かに我々人間にはエルフと違い、年齢差による老いと若さの壁もあるので近親婚には限界もあります。なので、エルフである貴女達が姉弟で結婚する事自体には何の異論もありませんよ?ただ、夫婦としての観点は違います。人の心は独占出来ない。そして、人生の伴侶とは、お互いの時間を共有するもの。独占では、相手を見ていない利己的愛情だと思いますよ?」
ここで反論するとは、流石ですアヤコさん。言い返されたアルディスの顔が、みるみる赤くなっていく。
「そ、それは綺麗事だと思います!貴女だって、好きな相手を独占したいと少なからず想う筈!」
「確かに。でも、それは違ったと私達は気付いたんです。結婚したい、独占という強欲に染まっていても、相手は逃げる上に嫌われてしまう。独占したいというのは傲慢と同意です。好きな相手を縛るのは、夜だけにするべきですよ?」
ちょっと、最後何言ってるの⁈ニコリと笑顔を向けるアヤコに、アラヤはたじろいだ。
「あ、貴女は、それで満足だと言うのですか?」
「ええ。現に、私達は彼と上手く夫婦生活できていますから」
「え?私達?」
「この、アラヤ君を夫として、私達4人は全員妻なんですよ」
アルディスの目が驚愕の色に染まっている。無理も無いだろう。独占が当たり前と考える彼女にとって、4人で1人の夫と暮らす一夫多妻など、完全に論外の筈だから。
「ここには3人…。まさか従獣とも?」
毎度の様に嫁から省かれたく無いクララは、これ見よがしに人狼へと変身した。
「ちょっ⁉︎クララ、服を着て⁉︎」
真っ裸に近い格好になるから、人前では禁止してたのに、近くに居たエルフ達も驚いて枝から落ちかけていたよ。
「まさか、他種族も入れた一夫多妻とは…。貴女達は、好きな人の愛情が分散する事に、抵抗は無いのですか?」
「それは、夫にもよると思います。彼は平等に愛してくれていると思います。嫉妬はしますけど。そもそも、分散という考え方が私は嫌いです」
「そうね、アヤの言う通りだわ。分散ってのは、アラヤの愛情の大きさを勝手に自分で判断してる上に、自分にはこの位の量だと思い込んでるんでしょ?そんな量、アラヤ以外誰にも分からないよね?大体、夫を信じないで、愛されるわけないでしょ?」
ヤバイ、凄い恥ずかしいセリフが向けられている。アラヤは、自身の顔が赤くなっている気がして顔を背けた。
「私が弟を愛していれば、彼も私を愛してくれる筈。それは間違いだったの…?」
「愛情方法が違うのです。束縛や独占は強要であり、相手への愛ではなく利己愛です。ここは一つ、我々がレクチャーしましょう」
アルディスを嫁達が囲み、思わぬ展開へとなってしまった。アラヤは、イシルウェに悪い結果になるかもと頭を抱え込むのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
1人、野営シェルターに着いていたモースは、シェルター内を見て回るも、誰も居ない事に溜め息をついていた。
『やっぱり無駄足だったじゃない。きっとファウンロド坊やの所よね。後々言われるより、一応先に向かってみるかな』
腹いせに、モースは馬達の干し草を舞上げてから村へと引き返した。
ファウンロド宅に着いたモースは、中に侵入を試みるも、見えない壁に邪魔されて入れない。
『何これ⁉︎結界なの?』
精霊達の次元から入ろうとするも、弾かれてしまう。
『それならこうよ!』
魔法を使って結界を破壊しようとした瞬間、魔法は反射してモースに直撃した。悲鳴を上げながら地上まで落下して、ピクピクと痙攣する。霊体なので、これくらいで死にはしないが流石にこたえた。
ふと前を見ると、小さな魔力玉が落ちていた。とても美味しそうな魔力玉だ。痛手を負った今の自分には丁度良い。
早速食べようと手を伸ばすと、魔力玉が視界から消えた。
『ちょっと、それは私の魔力玉よ!』
小さなカタツムリが魔力玉を持ち、モースを見ている。
『これは僕が貰った物なんだなぁ。落としてずっと探してたんだなぁ。だから渡さないんだなぁ』
そのままパクッと口に含むと、カタツムリは幸せそうな表情になる。ムカッとしたモースは何とか立ち上がり、イシルウェの事など忘れて、そのカタツムリを追いかけ回すのだった。




