178話 結界術士
アラヤ達は、村長宅からはかなり離れた場所にある空き家を借りた。巨大樹の家は見晴らしが良く、家々に灯る明かりが木々に見える光景は、とでも幻想的だった。
「今回の件で、チャコにも妖精視認と妖精言語の必要性が出たね。チャコはまだ職種が定まっていないから、今の馬子の仕事が影響している育種家の職種が技能譲渡で変わる可能性がある。それでも良いかな?」
アラヤとアヤコは、イシルウェ達にこれから先、サラマンドラ達の支援を受け易くする為に技能が必要だと強調する。
「技能が増える事に、そもそも私達が反対する筈もないよ」
「チャコ、職種変わっても馬子を続けて良い?それなら、妖精さん達見たいから嬉しいよ!」
まぁ、確かに職種が変わっても完全に不得意になるわけでは無いからね。
アヤコがチャコに技能を譲渡すると、アラヤの近くに居るサラマンドラ達を見た彼女は、わぁ!と目を輝かせて精霊達に抱きつこうとした。
「あれ?触れない…」
『パートナーじゃ無いからね~。私達に触れるのはパートナーのアラヤか、私達精霊に近い存在だけなのよ~』
何度も頭を撫でようとするが、チャコの手は触れる事無くスカッと空振る。
チャコが精霊達を触れない様に、精霊達も人間に直接触れる事は出来ない。故に彼等は風の手等の魔法を利用するのだ。
「職種は今のところ変化無いね。とりあえず今は経過を見るけど、変わったら教えるよ」
「ああ、ありがとう」
「さて、これでチャコの護衛はサラマンドラ達に任せられる様になったね。皆んな、此処に滞在する3日間、モースや他の精霊から悪戯されない様に守ってくれよ?」
『『『分かった』』』
「それで気になったんだけど、チャコが入った精霊達が住む次元って、俺達が入っても影響無いの?」
『アラヤなら、大丈夫、かも』
『普通の人間は無理かもね~?』
『普通は精神崩壊するだろうな』
「ええっ⁉︎チャコは平気なの?」
『…眠っていたから』
『意識がある状態だと、大気や感情が混濁しているあの世界ではまともで居られないのよ』
「あっ!モース!」
気が付けばモースが室内に居て、しれっと会話に入って来ていた。イシルウェが素早くチャコを抱き上げて距離を取る。
『寝ている状態なら、意識外だから大丈夫なのよ。ちゃんと考えて行動したのよ?』
『そういう問題じゃないだろ⁉︎そんな危険な場所に連れて行く事がダメなんだ!』
イシルウェが怒りを露わにして、モースに近くにあった花瓶を投げる。花瓶は、モースの風の手で受け止められて、ゆっくりと置かれた。
『悪かったと思ってるわ。でも、貴方が絡む事になると、誰もアルディスを止められないでしょう?』
『くっ‼︎まさか、近くに居ないだろうな?』
『大丈夫よ。今は大人しく部屋に居るわ』
「パパ、その人はパパのお姉ちゃんの精霊ちゃんじゃないの?」
チャコは、怒るイシルウェを見て、泣きそうになっている。
「ち、チャコ。いや、だが、チャコを危険な目に合わせたんだぞ⁉︎」
「…チャコは、寝てたから分かんないもん」
ギュッと服を掴んで、チャコは頭を埋める。イシルウェは何も言えなくなってしまった。
「モース。パートナーの君から彼女を諭す事はできないのかい?」
『何で?私はアルディスのやり方はともかく、考えは賛成してるもの。アルディスには彼が必要なの』
パートナーだけあって、賛成派に変わり無く聞くだけ無駄だったか。
そもそも、婚約者ってのも気になる。こんな時は、うちの物知り博士に尋ねるとしよう。
「カオリさん、ムシハ連邦国での婚姻基準はどうなのかな?」
「えっとね、婚姻可能年齢はラエテマ王国と然程変わらず、男性15歳、女性14歳からできるわね。近親婚も両国とも認められているけど、ラエテマは直系血族の婚姻は3親等内は認められて無いわ。だけど、ムシハ連邦国では閉鎖的なエルフ達が多い為に、近い家族ですらも婚姻対象として認められているようね」
「う~ん、じゃあやっぱり、法律上でも村長はイシルウェと結婚できるって事か」
「…この村はまだ人間との交流があるから、外で結婚するエルフも居るんだ。しかし、ほとんどが村内での婚姻でね。人口が少ないからどうしても近親婚になってしまうのだ」
「そうなると、遺伝的多様性の影響で、天才や障害を持つ子が生まれる可能性が高くなるわね」
「いで…?よく分からないが、確かに聾唖の子や体の不自由な子も多い。しかし、幼いうちから姉の様な精霊を使役できる天才も居るな。私の友人の結界術士も、親が近親婚だったよ」
どうやら親と子が婚姻するケースもある様だ。婚姻相手の年齢幅が広いのは、寿命が長いエルフならではの問題とも言えるだろう。
何しろ、20代程で成長が止まり、寿命で死ぬまで老化しなくなるのだから、死ぬまで現役というわけだ。
「イシルウェは、何故アルディスとはダメなのかしら?」
カオリの場を読まない発言に、イシルウェは遠い目になる。
「…小さい頃、私はかなりの人見知りでね。いつも姉の背に隠れて人と話さない様にしていたよ」
良かった、どうやら現実逃避ではなく、過去を思い出していた様だ。
「私が物心ついた頃には既に姉は大人で、当時の私は何の疑いも持たずに彼女のいいなりだった。今考えれば、姉弟では絶対に有り得ない事を…」
何かを思い出したイシルウェは、ブルブルッと身震いする。姉弟では有り得ない事?ちょっとだけ気になるな。まぁ、態度的に聞いてはいけない感じはするけど。
イシルウェは抱き上げていたチャコをゆっくりとベッドに下ろした。やはり疲れていたのだろう、いつの間にか寝ていたのだ。シーツを掛けてあげ、そっと離れる。この子には聞いて欲しくない話だから、寝てくれて良かった。
「…そんな私にも、恋をする時期が当然やって来た。村の、ある娘に恋をしたんだ。交際を申し込み、快く承諾してくれたので私は舞い上がってね。つい、姉にも話してしまったのだ」
『ああ、あの子は可哀想だったわね…』
モースもその時に既に居たらしく、イシルウェと同様に、哀しさに染まる遠い目になる。
「翌日、彼女に呼び出されていきなり別れを告げられた。理由を聞いても、ごめんなさいと震えながら謝るばかりだった。」
『一応弁護するけど、暴力等の手出しは一切していないからね?アルディスはただ、彼の素晴らしい所や自分が注ぐ愛情の多さを、延々と語り続けただけ。但し、一睡もさせない程に長く執拗だったけどね』
うわぁ、そりゃキツイなぁ。燃え上がる直前の恋の火が、いきなり冷水ぶっかけられた感じだね。
「それが一件ではなく、私が恋に落ちる度に鎮火された。その一方で、姉が私を独占する時間が増えていった。それなのに、姉の異常さは周りにはバレず、私は追い込まれていた。村を出たいと言ったところで、許される訳も無く60年間耐え続けた。今から10年程前、外のエルフが村に遊びに来た。その時姉は、村長に抜擢されたばかりで、注意が削がれていた。これは千載一遇のチャンスだと、私は村から飛び出した。後は村からなるべく遠くへと向かい、天候操者の仕事に就いた事で自由な生活を手に入れた。それから10年平穏に暮らし今に至るのさ」
耐えた年数が半端ないな。人間だったら諦めてしまうだろうなぁ。
『貴方が消えてから10年間、アルディスは大変だったよ。村人総出の森中捜索をしたり、精霊の次元へと入って捜索したりね。毎晩泣き続けて、貴方に似た者を見掛けると軟禁して尋問してた』
これまた酷いな。巻き込まれる側はたまったもんじゃない。だが、逃げたイシルウェが悪い訳じゃない。
『あっ、アルディスが呼んでるわね。一度戻るわ。私としては、貴方がアルディスと一緒になってくれれば、1番良いと思ってる。そうしたら、この村は安泰なんだけどね?』
軽くウインクをして、モースは姿くらましをして帰って行った。
「これは早急に対策しなきゃいけないね」
おそらくアルディスは、滞在中にイシルウェを狙って来るだろう。彼女が諦める事は無いだろうからね。さて、どうしたものかな…。アラヤ達はその晩、夜襲の可能性も考慮しながら対策を話し合うのだった。




