01話 ロッカーの向こう側
「おい倉戸!誰がジャムパン買って来いって言った⁈こんな甘え物食えっかよ!」
とある何処にでもある高校の教室。その光景は、はたから見ればガラの悪い学校なら日常茶飯事の光景だろう。しかし、この高校は割と有名な進学校。
「ご、ごめん。パンはそれしか購買店に残ってなくて…。でも、メロン・オレはちゃんとあったよ」
袋詰めされたパンを投げ返されながらも、机の上から見下す男に不味そうな飲み物を手渡す。男は乱暴に受け取ると、俺を蹴り飛ばした。
「ふざけてるのか⁈俺はメロンソーダを頼んだだろうが!」
「ご、ごめん」
もちろん、分かった上で買った。大体、頼んだと言ってお金は一切貰っていない。誰が好き好んで嫌いな奴に奢らなきゃならないんだ。だから簡単な嫌がらせで抵抗してみたわけだ。
この光景を見ても、教室にいる他の生徒達はただ笑っているだけだ。
このクラスにおいて、俺、倉戸 新矢のカーストは最下位である。別に同級生よりも、学力や運動力といった何かが劣っているわけでは無い。強いて言うなら、17歳になっても背が140㎝と低い事と、カースト上位の四人に反感を買ったという事だろう。
その四人の一人が、俺を蹴り飛ばした坂東 礼二。
剃り込み有りの茶髪で眉無し三白眼。その上服装はダラシない。いわゆる不良と呼ばれる絶滅危惧種の輩だ。
進学校に何故こんな不良が入れたのかは七不思議並に謎とされているが、学校側が彼を黙認するのは、彼がある人物の取り巻きだからである。
その人物はこのクラスの、いや、学校の頂点に君臨する男だ。
「おいおい、礼二。そんなゴミ、俺の視界に入れるな」
噂をすれば何とやらで、件の男が残りの取り巻きを連れて教室に入って来た。
荒垣 慎太郎。国会議員、荒垣 宗男を父に持ち、何かに付けて父の名を借りて圧力をかける屑だ。ナルシストで、いつも最高の格好良さを見せ付ける事だけを気にしている。手鏡を持ちながら髪を整えている姿は、正直言ってキモい。
香坂 茜音。荒垣の現彼女で、事の元凶。ツインテールの美少女で、校内でトップ3に入るらしい。見た目と違い、性格はワーストでトップ3に入る。
高二に進学した春に、彼女は倉戸を呼び出して奇妙な告白をして来た。
「あなた、気に入ったわ!私の玩具になりなさい!私の方から誘ってあげるのだからとても光栄でしょう?」
「ご、ごめん、ちょっと何言ってるか分からないや」
その事を根に持った彼女があらぬ事を色々と吹聴して回り、彼女に気があった荒垣に目を付けられ今に至る。
最後の一人は郷田 洋二。荒垣の腰巾着でいつも側にいる。見た目はキツネ目で、いつも怪しげな笑顔を見せているという印象だ。荒垣達の不祥事の後始末は、彼が全て行っているらしい。
「それじゃ、視界から消しとくか」
坂東は僕の腕を掴み、近くにあったクラフトテープで両手両足をぐるぐる巻きにした。最後に口もテープを貼り、そのまま掃除用ロッカーに押し込めてしまった。
「んんん~‼︎」
「お前は今から欠席な。騒ぐんじゃねぇぞ?」
暗闇に僅かに入る光から外を覗こうにも、僕の背は低く届かない。僕の事など、初めから居なかったみたいにクラスメイト達の談笑が聞こえる。
やがて次の授業のチャイムが鳴り、現国の教師の伊藤 大吾が教室に入って来た。
「全員席に付け。ん?…授業を始める」
明らかに、俺が席に居ない事に気付いたようだが、またかとそのまま授業を始める。
そう、これは初めての強制ボイコットでは無い。
故に俺もこのパターンは経験済みだ。前回と同じやり方で来る可能性も想定していて、前もってロッカー内にネジ先を露出させていたのだ。
腕に巻かれたテープをネジ先に擦り付け、少しずつ破いていく。あと少し、あと少しで…
「ん?何か、床が光ってね?」
「変な文字も浮かんでるよ⁈」
「ちょっ‼︎光強くなってるんだけど⁉︎」
何かクラス内が急に騒がしくなっている。声しか聞こえないので状況が分からない。何とか腕のクラフトテープを剥がして、足のテープ剥がしに取り掛かる。
その時ロッカーが、教室全体が激しく揺れ出し…
「じ、地震⁉︎」
ゴン‼︎
どれくらいの時間が経ったのだろうか。何かがロッカーに当たる音がして目が覚めた。地震の揺れで頭を強打して、俺は意識を失っていたらしい。
「イヤァァァァァァッ‼︎‼︎」
悲鳴というよりも、怒りや怒号に近い声で新矢は目を覚ました。
暗闇とはいえ、平衡感覚がおかしい。どうやらロッカーが横倒しなっているようだ。
「んっ!」
出ようと扉を押すが、扉の前に障害物があるようで少ししか開かない。その隙間から鉄に似た匂いと異臭が入って来る。
(何が起こっているんだ?)
再び扉を開けようとした時、バシャバシャと水溜りの上を走るような足音が聞こえた。
「何で‼︎何でよぉっ⁉︎」
「こ、来ないでぇぇぇっ‼︎」
「☆%○$☆**‼︎」
女子らしき声とは別に、しゃがれ声で上手く聞き取れない言葉が聞こえた。ただ、切迫している事だけは分かる。手が尋常じゃないくらいに震えている。自らの呼吸と心拍が確認できる。恐怖で意識が研ぎ澄まされているようだ。
腕と足に巻かれたテープは剥がし終わっている。
後は出るだけだ…出て…殴る。おそらく女子を襲っている何かを…。
駄目だ、上手くいきっこない。扉がすんなり開かなかったら?襲っているのが複数人だったら?相手が刃物を持っていたら?こっちには箒と塵取りしか無い。
無理だ…。
………。
……。
やり過ごすべきではなかろうか?元々、俺を居ないものとして扱ってきたクラスの奴等だ。何の意味があって関わる必要があるだろう?
「ひぎゃぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎‼︎」
「‼︎⁉︎」
俺は飛び出していた!
無意識に!
目に飛び込んで来る情報は、何一つ整理できていない。
手に掴んでいる箒で、目の前に居た女子に噛み付いている物を殴り付ける。箒はいともカンタンに折れてしまう。
後に追いついて来る現状。
充血した目で見る緑肌の異形の顔。口からは女子のものと思われる血肉が滴っている。
「ば、化け物…⁉︎」
刹那、顔に痛みを感じて吹き飛ばされる。何故か濡れている床に叩き付けられ、鈍痛と口から入った鉄の味の液体に咽せる。
ゴホッ、ゴホッ‼︎
目眩と頭痛がする。…この味は血か。明かりの無い教室は暗闇なのに、元々ロッカーの闇に居たせいか目が慣れている。視野に映る教室の散らばる肉片と血の海の惨状に、一気に吐き気を覚え溜めていた物を嘔吐した。
足音が聞こえ、ゆっくりと振り返る。
それは、ラノベやゲームではポピュラーな存在。個体では弱いとされるも、冒険者の新人殺しとして有名な魔物。
「ゴブリン…」
その手にはべったりと血が付いた棍棒が握られている。
俺はその動作を見つめる事しかできず、棍棒はゆっくりと振り下ろされた。