2話
まだ、騎士様が出て来ない……。
あれから3日が経ち、ラウラが王宮に行く日となった。
ラウラは荷物をスーツケースに入れて淡い黄色のワンピースにつぎはぎのあるくすんだ茶色のコート、編み上げのブーツというちょっとちぐはぐな格好だった。あたしとウィレット、マリー様の3人で教会の裏門から見送る。
「……元気でね。ラウラ」
「姉ちゃんの言う通りだよ。道中気を付けてね!」
「……ラウラさん。王宮は何かと危ない場所です。お気をつけて」
3人が各々別れの言葉を告げた。ラウラはにっこり笑って答えた。
「わかってるわよ。元気でね。ルーラ、ウィレット。それにマリー様」
「うん。じゃあ、さようなら。ラウラ」
「さようなら。また手紙送るから!」
そう言ってラウラはあたし達に背中を向ける。彼女はカツカツと音を立てながら歩き出す。スーツケースは重たそうだったが。ラウラは気にせずに歩き、裏門から離れていく。あたし達は彼女の姿が見えなくなるまで見送ったのだった--。
あれから、あたしとウィレットだけで子供達のお世話をやっていた。まあ、デイジーとマーガレットが以前よりも手伝ってくれるようになったから助かっているが。もうラウラが王宮に行ってから半月は経っている。だがおかしなことに彼女から一通も手紙が来ない。まさか、体調でも悪くなったのだろうか。心配になりながらも野菜の皮を剥く手は止めない。籠にいっぱい入っているジャガイモの皮を1個ずつ丁寧に剥いていく。ウィレットはニンジンの皮を剥いた後みじん切りにしている。デイジーやマーガレットも上手にセロリやタマネギのみじん切りをしていた。今、お昼用のミネストローネを作っている。
「……そういえば。町で噂になっている事があってね。王宮のメイドや女官が次々と行方知れずになっているんだって。何でも王宮には化け物がいて夜な夜なメイドや女官を連れ去ってるって聞いたよ。んで連れ去られたメイドや女官はまだ見つかっていないらしいんだ」
「嘘。じゃあ、この間に王宮に行ったラウラ姉さんが心配だね」
「そうだよねえ。私も心配。けど王宮って怖い所だよね」
包丁でセロリを刻みながらデイジーとマーガレットは話している。よく手を切らないものだ。けど2人が言っている噂は気になった。確かにラウラがその事件に巻き込まれている可能性は捨てきれない。大丈夫かなと思う。
ウィレットが大鍋にバターを入れて溶かし始めた。ニンジンを炒める。途端に台所にはバターの香りが漂う。大鍋を釜戸にかけているが。あたしはラウラの事が無性に心配になった。それでも仕方なくジャガイモを刻んだ。タマネギやジャガイモを炒めてセロリも加えた。トマトもついでに刻んで入れて。ブイヨンベースを入れたら塩コショウで味付けする。そのまま、くつくつと煮込んだ。その間に付け合わせのマッシュポテトを作った。この後、黒パンを薄くスライスしてから深めのお皿にミネストローネを入れた。マッシュポテトも小皿に盛り付ける。食堂に運ぶと待ちきれなかった子供達がこちらに駆け寄ってきた。
「……わあ。ルーラさん。うまそうだな!」
「ダン。手は洗ってきたの?」
「はあい。洗ってきます」
「……ダンは短気だよな」
「なんか言ったか。フィル」
そう言って2人は睨み合う。デイジーとマーガレットが叱りつけた。
「ダン。フィル。手を洗ってきたら手伝う。怠けてるんじゃないの!」
「わかったよ。手を洗ってくるから!」
ダンが答えるとフィルも後を追いかけた。全くと言いながらデイジーは呆れたように肩を竦める。マーガレットもやれやれと言いたげだ。ダンとフィルが戻ってくると6人で16人分の食事を並べていく。用意が終わるとマーガレットが他の子供達を呼びに行った。賑やかなお昼時が始まったのだった。
「……美味しい!」
「うん。ルーラさんとウィレットさんのお料理はいつだってうまいよな」
ある1人の男の子が言えば、ダンが同意する。フィルも無我夢中でミネストローネを食べていた。
ふとドアを見ていたらマザーシスターのマリー様が慌てた様子でやってくる。どうしたのだろうと思っていたらこちらに小走りで来た。珍しい事もあるものだ。
「……ルーラさん。ウィレットさん。後で院長室に来てください。ちょっとお話したいことがあるんです」
「……わかりました。後で行きますので」
それではと言ってマリー様はまた小走りで教会に戻っていく。あたしとウィレットは顔を見合わせたのだった。