僕の花束
花束をテーマに小説を書きました。
誤字脱字があるかもしれません。
考察の為に、感想やアドバイス等よろしくお願いします。評価だけでもかまいません。
「一足す一は、何でしょう?」
「二だね。」
僕は迷わず即答した。
どうしてこんなことを聞くのだろうと、ニコニコ僕を見つめてくる従妹であり、幼馴染である彼女の方をじろりと向いた。
今は夏休みで、お盆に親族が僕の家に集まっている。
「せーかい。じゃあ、一本の花と一本の花を合わせて花束を作ります。あっ、もう一本は別の花ね。どうなるでしょう?」
ひどく曖昧な質問だ。
だいたい、花束にしてしまうことで条件が変わってしまっている。
だけど、答えとしては明らかだ。
「一つの花束ができるね。」
淡々と僕は答えた。
「ねっ、不思議でしょう?」
彼女の言おうとすることは、なんとなく僕もわかった。
「つまり、あれだろ。1足したのに増えないのが変だ、って言いたいんだろう?」
「そうなの!」
何が楽しいのか、彼女は目をキラキラ輝かせて僕の机を叩いた。
振動で小さい消しゴムがパタリと倒れた。
「でね、じゃーん。」
バックの中をゴソゴソし出したと思ったら、彼女の右手に少しシワの入った画用紙が、丸まった状態で収まっていた。
僕が何も言わないうちに、止めている輪ゴムを取ってそそくさと広げる。
色とりどりの「何か」が一瞬視界に入ったのも束の間、バヒュッと画用紙の片方がクルクルと勢いよく丸まった。
「あー、もう。」
たかが画用紙一枚に、ぶつくさと文句を垂れている。
いや、人間さま様をイライラさせるこの繊維質な白い物体は僕よりも遥かにスゴイのかもしれない。
未知なる力を秘めているのでは。
……などと、くだらないことを考えているうちに、彼女は今度こそ綺麗に広げることに成功していた。
どうやら、「丁寧にする」というスキルを彼女は覚えたようだった。
やはり、失敗から学んで強くなれる人間のほうがこのペラペラとした有機物よりも、優れているようだ。
……ほっ。良かった。
「どう思う?」
目の前に、にゅっと画用紙が突き出された。
本能的に目を閉じざるを得ない。
再び目を開けると、白い土地に、花畑ができていた。
赤を中心として、ピンク、白、黄、オレンジの花々がこれでもかというほどに、堂々と咲き誇っている。
眺めているこっちが恥ずかしくなってしまうほどだ。
……この中で僕が知っているのはカーネーションとバラくらいか。
なんとまあ、お綺麗だこと。
「今度行くおばあちゃんのお見舞いで、これを渡そうと思うの。とっても綺麗でしょう?」
彼女は、僕らの入院している祖母の誕生日を祝うための計画を、話に来たようだった。
例の不思議も、案を練っているときに気付いたらしい。
当たり前と言ってはその通りだが、妙なことに気が付いたものだ。
「では、再び問題で……」
「一だ。」
彼女の言葉を遮るように、僕は答えた。
それなのに、彼女はムフフと薄気味悪く笑いながら、
「やーい、引っかかった。引っかかった。」
と小さい子供のようにはしゃいでいる。
ぴんぴんと僕を指してくる指が煩わしい。
卒園して何年経ったと思っているんだ、全く。
だけど、僕の早とちりで間違ってしまったというのは事実であり、あの花ほどではないが、ほんのり赤くなってしまったのは、誰にも知られたくない秘密である。
「なら、なんて言おうとしたんだ?」
火照る気持ちを抑えるようにしたら、ぶっきらぼうな口調になってしまった。
「えっとねえ、ここに一つの花束があります。何本の花からできているでしょう?」
……そんなの数えるしか方法ないじゃないか。
「私も答えは知りませーん。」
「なら聞くな‼」
そのままの勢いで、思った言葉が口をついて出た。
彼女は驚いたようで、目をぱちくりさせた。
「でもね、でもね、何本あるか知らないけど、一つの花束が出来上がるんだよ。何本あっても結局一つの花束になっちゃうんだよ。これって、とってもスゴイことなんだよ。」
弁解するかのように彼女は言った。
なんだか僕が悪いみたいじゃないか。
そっちが仕向けてきたくせに。
気まずさを感じ、視線を花畑に向けると、最初見たときは気付かなかったが、所々に緑の葉っぱが混じっている。
……花束なのになんで葉っぱ?草
言おうと思ったが、つっ込まれるのは目に見えているので、口に出さなかった。
笑われるのは好きじゃない。
「工夫としてはね、おばあちゃんの好きな色が赤だから、その系統でまとめてみたよ。でも、そのままだと、目がチカチカするから緑をアクセントにしたんだ。後は、メッセージカードを添えたら完成だ
ね。」
あっ、なるほど。花ばかりで、しつこく感じるのを抑えるための葉っぱだったのか。
しっかり役立ってるんだな。意外にも。
草に気を取られていたせいで、僕は大事なことを聞き逃しそうになってしまった。
「メッセージカード?」
彼女は、そうだよと、当たり前のように答えながら、僕の机に小さく、固い紙を置いた。
淡い水色の空に雲が漂っているカードだ。
「きれいに書いてね。」
彼女は念を押すように、トントンと平面の空を叩いた。
「面倒くさい。」
そう言いつつも、僕は素直に受け取った。
と言うのも、僕は祖母の見舞いの品を準備することばかりか、見舞いに行くことさえ忘れかけていたのだから、立場的に逆らうのがためらわれたからだ。
「私、今から花束の注文行って来るから。お金は半分ずつ払うからね。後で請求しに来るから。いい?出来上がりはこんなだからね。」
画用紙をピシっと指差した。
彼女はそのままバックを持つと、リビングから出て行った。
すぐに、ガラガラと玄関から戸の閉まる音が聞こえてきた。
「どうするかな……。」
うるさい奴がいなくなったせいか、しんと静まった部屋でやけに自分の声が大きく聞こえるような気がした。
彼女が出て行ってから小一時間経った。
僕は、未だにメッセージを決められないでいた。
時計の秒針が普段よりも急いで動いている。
もうすぐ帰ってくるはずだ。
(お誕生日おめでとう。いつもありがとう。)
「あー、単純すぎて、絶対書き直しさせられる。」
奴にやられるくらいなら、僕の手で!
ゴシゴシと、消しゴムが身を削って消しかすを生産していく。
実にご苦労なことだ。
(Happy birthday!
I wish your long life.I love you.
Thank you.)
……見返すと、とても恥ずかしい。
アイラブユーなど特にそうだ。
まあ、恥ずかしさを薄めるために英語にしたのだが。
しかし事実、僕は昔からおばあちゃんっ子でよく遊んでもらったし、大好きだった。
入院したと聞いた日には、翌日すぐに病室を訪ねるくらいには。
今回、見舞いのことを忘れていたのは、部活の試合が多くて頭の隅の方へ追いやられていただけで、決して、行かないと思っていた訳ではなかった。
小さい頃は大好きだと伝えると、祖母が
「まあまあ。」
と嬉しそうに微笑んでくれるのが嬉しくて、しょっちゅう言っていいたのだが、今はさすがに照れの方が勝っている。
思春期、という言い訳にぴったりな言葉がふと脳裏に浮かんだ。
嫌いなわけではない。
口に出すのをためらわせる何かが葛藤しているのだ。
頭を掻きながら、ううんと呻いているとガラガラと音がした。
壁で姿は見えないが、くぐもった声が響いてきた。
「ただいまー。」
ああ、帰ってきた。
ドタドタと騒がしく近づいてくる。
「注文してきたよ。明日の朝、花屋によって、それから病院に行こう。」
彼女は僕のメッセージカードをひょいと摘み上げた。
「うーん字が汚くてなんて書いてあるのか分からないよ。ダイニングメッセージみたいだね。」
「それを言うなら、ダイイングメッセージだろ。」
何が、ダイニング(台所)メッセージだ。
確かにすぐ隣は台所だけど。
失礼なことだ。
こんなに恥ずかしい思いをして書いたのに。
「もっと綺麗に書いてよ。はい、これ新しいやつ。もう残り無いから失敗しないでね。明日見舞いに行くときに忘れずに持ってくること。花束に差して渡すからね。」
彼女はそう言い残すと、部屋を出て行った。
階段を上る音がしたので、自分の部屋に戻ったようだった。
チラリと視線を新しい一枚にずらす。
古い方は消し跡で黒ずんでいたり、力を入れすぎて色が薄くなったりしていたせいか、すごく綺麗な青空が広がっているような気がした。
右の窓の外には田植えしたばかりの田んぼが連なって、たまにビニールハウスが見えた。
左には彼女が座っている。色とりどりの花束を抱えて。
車が止まって前のめりになりそうになる度に、体を駆使して花束が前の座席に当たるのを防ごうとする姿が、とてもおもしろかった。
花束の中央には、彼女の黄色い水玉のメッセージカードと、僕の空のカードが並んで添えられている。
「もうすぐで着くわよ。」
運転していた僕の母が、赤信号で止まった時に振り返って言った。
「はい。」
彼女は元気よく返事をする。
祖母の入院している病院は僕の家から車で一五分ほど離れたところにある。
地元で一番大きい病院で、最近建て替えられたのでクリーム色の壁がキレイに見える。
「よし、降りていいよ。」
僕が初めに車を降りた。
そして、反対側に回って、ドアを開ける。
「ありがとう。」
そろそろと降りてきた。
彼女は花束で両手がふさがっている。
乗り込むときに、
「なんで開けてくれないのかなー。気が利かない。そんなんだから……」
と、うじうじ文句を言われたので、僕は学習したのだ。
祖母の病室は二階にある。
エスカレータに乗る時も、僕がボタンを押す係に自然となった。
僕と、母と、彼女以外に人はいなかったので、花束が邪魔にならずに済んで良かった。
僕と彼女の華々しい活躍によって、花々は最後まで「綺麗」を保っていられたのだ。
「おばあちゃん、お誕生日おめでとう!」
先陣を切って病室に入ったのは、もちろん彼女だ。
後に僕と母が続いた。
祖母の耳はまだまだ良好で、すぐに気づき、虫眼鏡をベッド傍の小さい机にゴトッと置いた。新聞を読んでいたようだ。
祖母と同室で、同年代くらい患者達は
「いいねえ。」
と口々に、目を細めてこちらを眺めてきた。
「八十一かあ。年取ったねえ。」
祖母は相変わらず微笑んでいたが、前に会いに来た時よりも、花束を受け取る手は、細くなって、枯れ木の枝のように見える。
「半寿よ。半寿。」
「半寿?」
「『半』は八、十、一に分けて見えるでしょう?だから、半寿。
米寿は八十八ね。」
母が代弁してくれた。
二十歳をハタチ、と呼ぶのと同じ類のものらしい。
知っていることが増えた。
「そこだとお婆ちゃんから見えないでしょう?」
母から背中を押されて、僕は彼女の隣に並んだ。
祖母の視線が上がって僕に移った。
「誕生日おめでとう」
一瞬きょとんと首を傾げた後、祖母は見る見るうちに目を見開き、僕を手招いた。
「まあまあ。誰かと思ったら。
……背ぇ高くなってえ。お父さん似だねえ。」
祖母が僕の頭を撫でようと手を伸ばした。
しかし、届くはずもなく僕は自分から頭を差し出すような形になった。
「相変わらず優しいね。」
昔と同じ強さで、同じリズムで触れられた。
くしゃくしゃと勢いよく、優しく、慈しく……。
なぜか目頭が熱くなった。今までと変わらないはずなのに。
そんなつもりはなかったけれど。
そんな予定は立てていなかったけれど。
言い表せない感情が込み上げてきた。
ばれているかな、いやそんなはずはない。
頭を下げている僕は、皆からの死角にいる。
溢れるのを堰き止めなければいけない。
僕は小さい子供でなくなった。転んだだけで大泣きしていたあの頃とは全く別物のような存在になりつつあるんだ。
「ありがと。」
鼻を啜るようにして、一緒にすべてを拭い去った。
「まあまあ。偉くなったねえ。」
にこにこと、祖母は微笑んだ。
陽だまりに映る陽炎のように、哀愁を帯びているような気がした。
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舗装されたばかりの、黒々としたアスファルトの上を緩々と車は登って行った。
一年前と同じように僕はまた、彼女の隣に座っている。
手に大きな花束を抱えて。
彼女はというと、一年前に描いていたあの花束の絵をくるくると巻き、ピンクのリボンで結んだものを持っていた。
明るい場所で保管していたせいか、若干黄ばんでしまっている。
サイドガラスに目を移すと、手元の白と赤がよく映えていた。
同じ種類の色違いらしい。
花言葉は、“高貴、高潔、高尚”。
あまり、祖母には似合わないような気がした。
僕の思いを汲み取ったのか、彼女はスマートフォンを取り出して、画面を勢いよくスクロールさせた。
「あっ、やっぱりあった。色違いもすべて含めて共通する意味が、さっきの三つみたいだよ。赤はねえ……」
彼女は、祖母にぴったりだと言った。
「そうだね。」
僕もその花言葉に満足せざるを得ない。
祖母が好きな色の、その花のもう一つの意味は、
“愛情“
最後の花は菊です。
赤い菊はプロポーズや贈り物としてもいいらしいですね。
菊といえば葬式など暗いイメージしか思いつかなかったので驚きました。色々品種があるんですね。
最後まで読んでいただきありがとうございました。