73.ようこそ、リンガー
三年を送る会は、部室にて昼までの一時間で行われた。昼を過ぎると、全員帰らなくてはならない。
全てが早足で行われた。二年生らは小さな花束を三年に用意していた。皆が見守る中、部長の学と副部長の小宮からレイラ、明日菜それぞれに花束が贈られた。レイラは笑顔だったが、明日菜は泣いていた。それぞれ同じ活動をしていても、抱く感情に違いがあるようだった。
帰り道、
「俺達、空気読むから」
と謎の宣言を残して、西田と岬はダッシュで帰ってしまった。他の連中も真似して坂道を駆け下りて、学とレイラは坂道に取り残された。遠くで、部員らがこちらの様子をうかがっている。
「むしろやりにくいんだけど」
と学が呟き、レイラが笑った。
「……空気読んで、一体俺達に何を期待してるんですかね?」
学が問うと、レイラはわざとらしく頬を膨らませた。
「市原君、何か忘れてること、あるんじゃない?」
あの冬から大分経ち、お互い良く会い良く話したつもりだったが、何か聞きそびれたことがあるというのだろうか。学はちょっと怖くなって、
「何か今日、約束してましたっけ」
「してないわ」
「借りたもの返してないとか」
「ブー」
色々と尋ねるが、まるで見当が付かない。
「部長の引き継ぎ……」
「違う!誕生日よ、私の誕生日!」
たまりかねてレイラが叫んだ。そういえば……と学は戦慄する。
「えっと、いつでしたっけ」
「んもー、もう一度言うからちゃんと覚えててよ?今日なのよ、四月の七日!」
「へー……」
「何よ、何で驚いてるのよ!問題は、その次よ。あなたは今日、私に何をしてくれるの?」
「そっか、急だな……」
学は自身の財布を開けた。五百円しか入っていない。
「五百円か……」
学が呟くと、レイラは
「いいわよ、もう」
と怒る気力もなくしていた。あれ、これはまずいのかな?どぎまぎしていると、遠くで部員が大声で歌い出した。
ハッピーバースデー、トゥーユー
(空気を読むって、こういうこと?)
だとしたらなぜこの情報を誰も教えてくれなかったのか……学は肩を落とした。
すると急にレイラがくすくすと笑い出した。自分ひとりだけが取り残された気分になって、学は少しむくれた。
「何ですか。俺だって……」
「あはは、ごめんごめん。いいのよ今日急にプレゼントなんて。すっごくいいモノ、もう貰っちゃったから」
何をあげたっけ?花束のことだろうか。疑問符だらけの顔をした学に、そっとレイラは打ち明けた。
「今の歌」
あれが?学が納得行かない顔をしていると、
「あの歌を歌ってくれる人、去年誰もいなかったわ。私の誕生日を気付いてくれた人が誰もいなかったの。でも今は、いる」
レイラは呟き、そっと笑った。その横顔には、小さく涙が光っていた。学は慌ててから、そうだと気付いた。五百円で買えるものがある。
「涙、出そうですか?」
「何よ……からかってるの?」
「からかってませんよ。これからその涙を拭くために、ハンカチをプレゼントしようかなって」
それでレイラに元気が戻った。
「私、タオルハンカチ派なの」
「はい」
「でも、もうちょっと……何かないの?」
桜が坂道に降り注ぐ。
その花びらが道を埋め尽くし緑が戻る頃、再び新入生が部室の扉を叩く。
扉を開いた先に見えるのは、金色のベル。
そしてその先に見えるものは……
学は毎日待ち続けている。新しい部員、新しい仲間。新しい音色。
扉がギイと押し開かれ、真新しい制服の一年生がやって来る。
「……こんにちは」
あと二年の学校生活の間に、どれだけの人間と、どれだけのことが出来るだろう。
それを考えただけで、学は嬉しくなる。
桜に塗り潰された帰り道を、彼は新入部員を引き連れて下って行く。
星が出始めている。
これにて完結です!応援いただき、ありがとうございました!!
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この作品には、私の青春の全てが詰まっています。某小説賞に応募し、二次通過した作品を加筆修正したものです。
高校時代のハンドベル楽譜と行事表を貸してくれた、当時のハンドベル部の女部長にここでお礼を言います。本当にありがとう。
またなろうにて新連載を開始しました!良かったら読みに来て下さいね☆




