65.世界こどもフォーラムへの招待
待てど暮らせど連絡は来ない。
あのまま新学期を迎えた。色々諦め、縛られるような寒さの中、学は登校する。ピーコートにレイラの残り香を感じ取って、学は少し死にたい気分になった。
冬休み明けの活動日に、若干やつれた学が部室へ入る。レイラの姿を認めたが、彼女は学を見ると気分が悪そうにぷいと背を向けてしまった。学は無視されたように感じ、背中にじわりと汗をかく。
末続や山下を加え、部員が何やらはしゃいでいた。学がそちらへ近付くと
「じゃーん!」
と、末続があるポスターを「勝訴」のテンションで学の鼻先に広げて見せる。
「何ですか?……世界こどもフォーラム?」
「それもそうなんだけど、ここ見て」
すーっと下に視線を移すと、
出演:S学院高等部ハンドベルクワイヤ
とある。学は目を見開いた。
「子どもの貧困や教育について話し合う国際フォーラムよ!私達、ここにゲスト演奏者として招待されたの!」
ゲスト?急な話に戸惑っていると、
「僕達、ずっとボランティアでハンドベルをして来たでしょう?その功績が認められて、あちらから直々にオファーが来たんだよ」
と山下が付け加えた。学は再びポスターに目を奪われる。二月にパシフィコ横浜で開催とある。学の見知った政治家やアナウンサー、評論家などの写真も小さな窓に並んでいる。ポスターを見るだけでも、規模の大きさがうかがえる。
「テレビで放送もされるんだってよ」
西田が満面の笑みを浮かべる。
「はい、じゃあ説明するからみんな席に座って!」
プリントが配られる。生徒らはそれを覗き込んだ。
「集合時間と出演時間はそこにある通りよ。今から皆で話し合いたいことがあるの。二枚目を見て」
部員らは二枚目をめくる。「ハンドベル部のボランティア活動について、生徒達の声を紹介」という項目があった。
「演奏前に、これを発表して欲しいらしいの。代表者、男女で一名ずつ」
その瞬間、部員達の椅子を引く音と共に、学とレイラに視線が移る。学とレイラは慌てた。
「嫌よ、テレビに出るなんて」
「無理です、そんなの」
声が重なって、二人は黙った。岬が二人を交互に指差して言う。
「部長と、次期部長」
パチパチと拍手が飛んだ。学は開いた口が塞がらない。
「待って……来年の部長って、もう決まってんの?」
「当たり前だろ」
西田が晴れやかに笑ってこう言った。
「誰がみんなをこの部に連れて来たと思ってるんだ?市が頑張ったから、みんなここにいるんだろ」
学は助けを求めるようにレイラを見やる。レイラは下を向いたまま、少し耳を赤くしながらぽつりと呟く。
「私も、次の部長は市原君が適任だと思う」
学は思わず顔を赤くする。部員達ははやし立てるように拍手を送った。
「えっとね、議題はそこじゃないんだけど……ま、いっか。二人に活動報告をお願いしていいかしらね?」
学はちらとレイラを見たが、レイラは顔をそらした。学は緊張して来た。この調子で避けられ、まともに目も合わせてもらえないこの状況が続くとなると、学の心はフォーラムの前に限界を迎えてしまうだろう。
学は賭けに出た。
「藤咲さんがやるなら、やりますよ」
レイラが今学期初めて学の顔をまともに見た。一年女子が、ひゃあと歓声を上げる。
「どういうことよ……」
「そのままの意味ですが、何か?」
西田が「つえー」と呟く。末続は目をきらきらさせて二人を見ている。
「ね、レイラお願い。市原君が一緒にやりたいって言ってるわよ」
すると、レイラはみるみる真っ青になった。学どころか部員もその変化にたじろぐ。末続は彼女の顔を覗き込み、
「どこか具合悪いの?」
と心配そうに問うた。後輩達は互いに顔を見合わせた。
「分かりました、じゃあやります……」
それからレイラはうつ伏せになる。隣の明日菜がその背中を撫でる。
「何でか知らないんだけど、この子最近ずっとこんな感じで……」
「保健室行こうか?レイラ」
学の目の前から、明日菜に寄り添われてレイラが去る。その様子を一年生達はどこか白けた表情で見送った。




