64.告白
駅を出る。ようやく呪詛と罵倒が聞こえなくなって、二人はイルミネーション輝く道をとぼとぼと歩き出した。息を整えながら冷気に当たる。しばらく歩いて、二人はビルの影に入った。
壁に背をもたれ、ふうと互いに息を付く。
(あんなに強引な男とは知らなかった)
レイラが秋に相談して来たのは、本当に付いて来て、万一の時に学に助け出して欲しいということだったのだろう。学はあの日彼女の話を独りよがりに中断してしまったことを、今になって後悔していた。
少し間があってから、レイラがうーと唸って泣き出した。
ビル風が泣き声と相まって悲しく響く。学はどう声をかけて良いのか分からず、ただ隣にいることしか出来ない。吹き付ける風の中、二人の体温は容赦なく奪われる。凍える学は近くに自動販売機を見付け、温かい紅茶を二本買った。引き返し、その片方をレイラに渡す。彼女も寒かったようで、すぐに蓋を開けて飲み始めた。
はーっと涙交じりに白い息を吐くと、ぽつぽつとレイラは語り始めた。
「悲しいかな、あの強引さが好きだったんだけど……今こうして再会してみたら、馬鹿みたい。あんなの只の自己中だわ……」
レイラから、ひーっと絞り上げるような声が出た。再び涙が溢れている。
「市原君、ごめん。しばらく泣く……」
しゃくり上げながら、涙の水分を補うようにまた一口。寄り添うしか出来ない学には、通行人の好奇の視線が突き刺さる。それでもこう言うしかなかった。
「気が済むまで泣いてていいです。俺、ここにいます」
その言葉で更にレイラはむせび泣いた。
「私、馬鹿だわ。友人全部失って、それでも好きだった。教師としてはしっかりしていても、私の前ではずっとあんな、子供みたいな調子なの。今気付いた……子供じみてるのが、あの人の本性だったのよ。皆に迷惑かけて、私、気付くの遅過ぎ……」
とにかく思い付くまま、出た言葉を喋っている。ひどく混乱しているようだった。学は自分の紅茶をポケットに入れると、レイラの背を撫でた。それが呼び水になって更に彼女は嗚咽し出す。学は泣き止んで欲しい一心で、その手を肩に回した。抱き寄せられるような形になって、レイラはようやく泣き止んだ。
彼女は跳ねるように学の顔を見上げる。それでようやく、学は自分の仕出かしたことに気付いた。
「き、急に何?」
レイラの顔は真っ赤だ。一方、学は夢の中にいるようにそれをぼうっと眺めながら、妙に冷静な口調でこう言った。
「だって好きな人が横で泣いてて、何もしないなんて出来ないですよ」
そっか……とレイラは納得して学に体を預けた。それからアレ?と忙しく体を離した。
「市原君、今何て言った?」
学はぼんやりと今言ったことを反芻した。
「だって……」
そこでようやく我に返った。今自分は、大変なことを言った。らしい。レイラの涙はもう出ない。二人は顔を見合わせ、ただただ驚いていた。
今度泣きたくなったのは学の方だった。
「あの、今言ったことは忘れて下さい!」
急に焦りと恥ずかしさと恐怖が込み上げて来る。
「忘れろってどういうことよ!それもひどくない?」
レイラが責めると学は頭を押さえて、
「そうだ、その、忘れないで下さい。え?何言ってんだ俺……」
道にへたり込んでしまう。先程と、完全に立場が逆転してしまった。
レイラも共にしゃがんだ。顔を覗き込んで来る。学は少し泣き出す。
「その、今は……」
レイラは苦悶の表情で言う。
「ごめんね。今は色々終わったばかりだし、私、何も考えられないんだ」
彼女の言葉に、学は緊張の面持ちで耳を傾ける。
「ごめんね、気持ち伝えてくれたのに」
学は戸惑って大丈夫です、と良く分からないことを口走る。レイラはその後もごめんねを繰り返し、その度に学の心に隙間風が吹いた。
二人共駅に戻ることはせず、大事を取ってバスで帰ることにした。立っている間、どちらからも会話はない。別れ際レイラは学の目を見て
「また連絡するね」
と言ってくれた。学は頷き、レイラはある停留所で静かに去って行った。
学はようやく空いたバスの座席に座ると、深い深いため息をついた。
生きた心地がしなかった。
これで第5章は終わりです。次回から第6章に突入します。
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