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第5章.クリスマス

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63.対決

 本当に片付けを全部その他の部員に任せて、学はレイラを連れて出た。駅に一直線に向かい、新横浜へ向かう電車に乗る。目的地へ降り立つと、ようやくレイラが口を開いた。


「……どうして、来てくれるの?」


 学は少し考え、


「心配だからです」


 偽らざる心境だった。


「先輩、流されるかもしれないから」


 二人は人の波に逆らわず歩く。レイラは納得行かないような顔をするが、


「そっか」


などと呟いた。流される自覚があるのか?と一瞬不安になる学だったが、付いて行くという判断に誤りはなかったのだと改めて思った。


「市原君、急に人が変わったみたい」


 レイラが呟くと、学はそうですねと答えた。


「さっき、安って男が来たでしょ」


 新幹線の改札が見えて来る。


「あれがいなくなったら、何だかつっかえ棒が外れました。過去から解放されたと言うか」


 心なしか体全体が軽かった。学は思う。突然降って来る暴力、もうそれに対抗するために心を固くしておく必要がなくなった。それだけで心に多少ゆとりが生まれたのかも知れない。


「つっかえか……」


 レイラは唸って、学と並んで歩いた。


「心にゆとりがないと、自分の意思って分からなくなっちゃうんだよね」


 学はレイラの顔を覗き込んだ。彼女の目は、改札口の一点を既に見ている。


 二人は改札を臨むコインロッカーの傍で止まった。背の高い男がいる。スーツを着た、端正な顔立ちの男。あいつか、と学は思う。


 新幹線改札の前に、後東の姿があった。


 時刻は午後七時過ぎ。彼は時計を気にしている。


「一緒に行きますか?」


 学の問いに、レイラは首を横に振った。


「私一人で行くわ。そこで待っていて欲しいの。何かあったら、市原君、お願い。助けに来てね」


 少し大袈裟な物言いに引っかかりを覚えたが、今日は彼女の言うことを聞こうと思う。


 学はコインロッカーの傍に身を隠すようにして待つ。レイラは人の流れを器用にすり抜け、後東のもとへと向かった。


 やや小さくなったレイラの後姿を学は見守る。緊張して来る。


「先生」


 レイラが後東に声をかけている。後東はいじっていたスマートフォンを閉じ、顔を上げた。


「久しぶり!元気だった?」


 元気だった?じゃねーだろ……と学は心の中で突っ込む。随分と軽薄そうな男だった。写真で見る限り、もっと真面目な優男かと思っていたのに。


「あっ、あの」


 レイラは早速あの言葉を言おうとしている。しかしすぐさま後東は彼女の手を引いた。


「?」

「ここじゃ何だから、どっか行こうよ」


 そして強引に引っ張る。レイラはとっさに叫んだ。


「やめて下さい!」


 手を振り切って、睨み付ける。学は駆け出そうとしてこらえた。


「……何だよ」

「私、あなたに言いたいことがあって来たの」


 後東が子供のように口を尖らせ、憮然とする。予想通りの展開だったらしい。


「メールでも伝えたわ。もう別れましょう。……ううん、もう別れたの」


 レイラは後東を見つめた。後東も不満気に見つめ返したが、


「今日、制服じゃん。丁度いいや」


言うなりレイラの腕を掴んだ。彼女は振りほどこうと再びもがいたが、後東は構わず彼女を腕の中に引き寄せて歩き出した。レイラは彼の腕の中でもがく。


「やめて……!」

「イブの夜にさあ、ひとりでこんなところまで来て水臭えって。別れるのは明日明日。今日ぐらい付き合えよ」

「け、警察に言いますよ……」

「どこでそんな悪知恵付けたんだ、あ?」


 後東は事前に購入していたらしい切符をポケットから取り出し、無理矢理新幹線側の改札にレイラを引き込もうとする。レイラは叫んだ。


「お願い!助けて!」


 広々とした構内にレイラの声が響く。利用者の視線が容赦なくそちらに突き刺さった。後東が一瞬たじろぐ。学は決心し、一直線に後東めがけて走り出した。


 思わぬ方向から少年に突き飛ばされ、後東が倒れた。羽交い絞めにされていたレイラも倒れる。学は彼女の方だけを助け起こした。


「いってーな、誰だよ!」


 そこにはレイラと同じくらいの体格をした少年が立っている。後東はレイラと彼とを見比べると、


「おい、もう新しい男見つけたのかよ!」


と罵った。学は一瞥をくれてレイラと走り出す。二人の背には次々と後東の心ない言葉が浴びせられた。


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