63.対決
本当に片付けを全部その他の部員に任せて、学はレイラを連れて出た。駅に一直線に向かい、新横浜へ向かう電車に乗る。目的地へ降り立つと、ようやくレイラが口を開いた。
「……どうして、来てくれるの?」
学は少し考え、
「心配だからです」
偽らざる心境だった。
「先輩、流されるかもしれないから」
二人は人の波に逆らわず歩く。レイラは納得行かないような顔をするが、
「そっか」
などと呟いた。流される自覚があるのか?と一瞬不安になる学だったが、付いて行くという判断に誤りはなかったのだと改めて思った。
「市原君、急に人が変わったみたい」
レイラが呟くと、学はそうですねと答えた。
「さっき、安って男が来たでしょ」
新幹線の改札が見えて来る。
「あれがいなくなったら、何だかつっかえ棒が外れました。過去から解放されたと言うか」
心なしか体全体が軽かった。学は思う。突然降って来る暴力、もうそれに対抗するために心を固くしておく必要がなくなった。それだけで心に多少ゆとりが生まれたのかも知れない。
「つっかえか……」
レイラは唸って、学と並んで歩いた。
「心にゆとりがないと、自分の意思って分からなくなっちゃうんだよね」
学はレイラの顔を覗き込んだ。彼女の目は、改札口の一点を既に見ている。
二人は改札を臨むコインロッカーの傍で止まった。背の高い男がいる。スーツを着た、端正な顔立ちの男。あいつか、と学は思う。
新幹線改札の前に、後東の姿があった。
時刻は午後七時過ぎ。彼は時計を気にしている。
「一緒に行きますか?」
学の問いに、レイラは首を横に振った。
「私一人で行くわ。そこで待っていて欲しいの。何かあったら、市原君、お願い。助けに来てね」
少し大袈裟な物言いに引っかかりを覚えたが、今日は彼女の言うことを聞こうと思う。
学はコインロッカーの傍に身を隠すようにして待つ。レイラは人の流れを器用にすり抜け、後東のもとへと向かった。
やや小さくなったレイラの後姿を学は見守る。緊張して来る。
「先生」
レイラが後東に声をかけている。後東はいじっていたスマートフォンを閉じ、顔を上げた。
「久しぶり!元気だった?」
元気だった?じゃねーだろ……と学は心の中で突っ込む。随分と軽薄そうな男だった。写真で見る限り、もっと真面目な優男かと思っていたのに。
「あっ、あの」
レイラは早速あの言葉を言おうとしている。しかしすぐさま後東は彼女の手を引いた。
「?」
「ここじゃ何だから、どっか行こうよ」
そして強引に引っ張る。レイラはとっさに叫んだ。
「やめて下さい!」
手を振り切って、睨み付ける。学は駆け出そうとしてこらえた。
「……何だよ」
「私、あなたに言いたいことがあって来たの」
後東が子供のように口を尖らせ、憮然とする。予想通りの展開だったらしい。
「メールでも伝えたわ。もう別れましょう。……ううん、もう別れたの」
レイラは後東を見つめた。後東も不満気に見つめ返したが、
「今日、制服じゃん。丁度いいや」
言うなりレイラの腕を掴んだ。彼女は振りほどこうと再びもがいたが、後東は構わず彼女を腕の中に引き寄せて歩き出した。レイラは彼の腕の中でもがく。
「やめて……!」
「イブの夜にさあ、ひとりでこんなところまで来て水臭えって。別れるのは明日明日。今日ぐらい付き合えよ」
「け、警察に言いますよ……」
「どこでそんな悪知恵付けたんだ、あ?」
後東は事前に購入していたらしい切符をポケットから取り出し、無理矢理新幹線側の改札にレイラを引き込もうとする。レイラは叫んだ。
「お願い!助けて!」
広々とした構内にレイラの声が響く。利用者の視線が容赦なくそちらに突き刺さった。後東が一瞬たじろぐ。学は決心し、一直線に後東めがけて走り出した。
思わぬ方向から少年に突き飛ばされ、後東が倒れた。羽交い絞めにされていたレイラも倒れる。学は彼女の方だけを助け起こした。
「いってーな、誰だよ!」
そこにはレイラと同じくらいの体格をした少年が立っている。後東はレイラと彼とを見比べると、
「おい、もう新しい男見つけたのかよ!」
と罵った。学は一瞥をくれてレイラと走り出す。二人の背には次々と後東の心ない言葉が浴びせられた。




