53.そうはさせない
レイラと明日菜、岬と西田は礼拝堂に帰り、待っていた一年に一部始終を話した。
「殴った男の人はどうなったんですか?」
「男の教師に脇抱えられてどっか行ったよ。他校の生徒で、市の知り合いみたいなんだ」
西田の言葉に、明日菜と岬は目も合わさずうつむいている。
「……じゃこの発表会はどうなるの?」
開演一時間前。あと三十分もすれば、礼拝堂は開場となる。
それまで下を向いていたレイラが顔を上げた。
「やりましょう」
皆がレイラを見つめた。
「市原君のせいで中止なんて、市原君が可哀想だわ」
湿った空気が少しだけ乾く。小宮が続けた。
「もうこの際、音抜けてもやるべきよ。私もそう思います」
一年生同士、そうだそうだと頷き合う。
「市原君、一番長く頑張ってるもんね」
「大変な時期も、ずっといたんだし」
と、そこにバタンと扉の開く音が響き渡った。全員が音のした方へ振り向く。
そこには石室女史が立っていた。
「部長さんはいらっしゃる?」
その問いにレイラが答えた。
「部長なら、ここに」
「中止です」
状況が分からず、部員らは固まっている。
「聞こえませんでしたか?皆さん。今日の演奏は中止です」
石室は涼しい顔で全員を見渡す。勝ち誇ったような、本当に清々しい笑顔だった。
「問題を起こした生徒っていうのは、市原学君?」
石室が学の姿を探していると、すかさず明日菜が
「いいえ、違います。N作業所のお兄さんを引率していた、安清崇君が一方的に殴ったんです」
と反論した。しかし石室は
「礼拝堂の使用許可は、作業所の方には関係のない話です。やはり市原君なのね。今、職員室は大騒ぎになってるわ。事実関係が確認出来るまで、コンサートを許可することは出来ません」
と弁達滑らかに言い切った。レイラは怒りに震え出し、石室に詰め寄ろうとする。
ふとレイラの肩に手が伸びる。手の主は西田だった。
「先輩、市を呼んで来て下さい。あとのことは、俺達が何とかしますから」
西田の後ろで、一年生達がハンドベルを持って頷き合っている。レイラが戸惑っている内に、一年生達はベルを手に持ったまま礼拝堂の裏口から出て行ってしまった。
それを石室はいい気味だと言わんばかりに見送った。
「やっぱり一年生は、聞き分けがいいのね」
レイラが歯をくいしばって石室女史を振り返った、その時。
礼拝堂の正面扉が観音開きにふわりと開く。
同時に、礼拝堂の外からハンドベルの音色が聞こえて来た。
曲目は、Marche Militaire。シューベルトの名曲だ。
同時に、扉からぞろぞろと客が入って来た。ぽかんと口を開けたままの石室を尻目に、観客達は礼拝堂にようやく入れてご満悦だ。人々が席取り合戦をし始め、あっという間に礼拝堂は聴衆でいっぱいになった。
「演奏会が始まりまーす!是非ハンドベルを聞きに来て下さーい!」
呼び込みの声は明日菜だった。
演目チラシを配りながら客をどんどん呼び込み、いつの間にやら立ち見客まで入り始めた。混乱に乗じてレイラも礼拝堂の裏口へ駆け出す。礼拝堂の脇に出ると、正面階段の下で、一年生達が一心不乱にベルを振っている姿が見えた。礼拝堂は学院のシンボルで、校門からすぐの位置にある。特に入学希望者の子女が見たがるため、呼び込みなどすればすぐに集客は可能だろう。
レイラは正面階段を駆け下りると、一年生達の前まで行って一礼した。一年生達もベルを振りながら、笑顔で彼女を見送った。
石室だけが、礼拝堂内の中央、赤い絨毯の上に取り残される格好となった。




