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第4章.文化祭

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50.文化祭の予期せぬ来訪者

 文化祭当日。


 礼拝堂の片隅に黒革のケースが並べられた。ハンドベル部員らは礼拝堂の壇上の前で限られた小さなスペースに、机とマットを並べている。そこに、演目チラシのコピーを手にしたレイラがやって来た。


「……あれ?市原君は?」


 レイラの問いに小宮が答える。


「中学音楽部に低音ベルを借りに行って貰いましたよ」

「本当?あんな重いの、あの子ひとりで運べるの?二人がかりでやっとの重さよ?」


 そこで一年は、それがそんなに重いものなのだと知る。レイラは時計を確認して、


「重くて運べないのかしら。ちょっと私、探して来る」


 チラシを投げるように椅子に置き、礼拝堂を出て行く。末続が肩をすくめて笑った。


「何だかんだであの子、心配でしょうがないのよね。市原君のこと」



 思ったより託されたベルケースは重かった。学は中学校舎から、ひとつのケースを用心しながら運んでいた。歩みは遅い。こんなことならもうひとり部員を連れて来るべきだった、と学は思う。


 ちょっと休もうと階段の踊り場の片隅でベルケースを置く。手が赤くうっ血している。それを揉み込んで再び運ぼうとした時、学の背中を叩く者があった。


 誰か手伝いに来てくれたのかと思い、振り返る。


 声が出なかった。


 安がいる。



 礼拝堂から遠く離れた図書館前のスペースには、手作りクッキーを売る業者が出店していた。その中に、車椅子で動き回っている青年がいた。


「キヨがいなーい!」


 駆け寄った施設の職員が彼に駆け寄る。


「ヒロ君落ち着いて。どうしたの?」

「キヨがいないよ!」


 そう言われれば、先程まで手伝いに来ていた安の姿が見当たらない。


「どうしたのかしら……トイレかな?」

「キヨに、終わったらハンドベル連れてって貰うの」

「はいはい。弟さん、遅いわね……」


 ヒロ君はいない、いないと延々と繰り返している。



 十時になって、レイラが青ざめた顔で戻って来た。一年らが駆け寄る。


「市原君、九時半にはもうベルを受け取ったって。合わせて三箱あったから、あと二箱は往復で取りに来ると言い残して……でもまだ来ない。もうこんなに時間が経ってるのに」


 レイラは早口でまくし立てると椅子にへたり込んでしまった。西田は携帯をかける。


「……出ないわ、全然。私もかけたの」


 西田はすぐに諦めて電話を切った。開演は十一時半。残された時間は僅かだ。


「あいつがサボるなんて考えられないしな……」

「探しに行きましょう。中学、高校、それでも見付からなければ小学校も」


 明日菜はレイラと中学校舎を探すことにし、西田と岬は高校校舎を探すことにした。



 レイラと明日菜は中学校舎二階の廊下を歩いた。人通りが多くなって来ている。ふと明日菜は足を止め、耳を澄ます。


「ねえ、今着信音、鳴らなかった?」


 レイラは聞こえなかったらしく、首を横に振った。そして構わず歩き出してしまう。明日菜は慌てて追いかけた。


「レイラさ……」


 明日菜が尋ねる。


「市原君のこと、心配?」


 すると苛々した様子でレイラは言った。


「当然でしょう!」


 その顔は冷静さを失って青い。


「あの子がいなくなったら、演奏が出来ないわ」

「ねえそれって、どういう意味?」


 問われたレイラは立ち止まって、明日菜の顔をまじまじと眺めた。


「どういう意味って、その通りの意味よ」


 明日菜はこめかみを押さえてかぶりを振った。


「もうさ、そーゆーのやめよ」

「何よそれ」

「だからさぁ、思わせぶりなのよレイラって。言葉足らずでつっけんどんで、でもたまーに優しくしてあげたりして」

「はあ?」

「分からないならいいよ。この際だから言うわ。私が言いたいのはね、もうこれ以上市原君を振り回すのはやめてって話よ」


 レイラは話を咀嚼して、次第に顔が赤くなる。


「振り回してなんかないわ、人聞きの悪い」

「そう?散々振り回してたわよ。だから最近、市原君あんたに話しかけて来なくなっちゃったんじゃないの?」


 レイラは心当たりがあるらしく、口をつぐんでしまった。明日菜は探るように、


「もしかしたら、本当にハンドベルが嫌になっちゃったのかもね。逃げちゃったんじゃないの」


と続ける。レイラはムキになって反論した。


「そんなこと、あるわけないわ!だってあの子は」

「……あの子は?」


 レイラは目を白黒させ、耳まで赤くなった。


「……いい子なのよ?」

「話が振り出しに戻ったわね」


 明日菜は煩わしそうに吐き捨てた。


「照れ隠しなのか何なのか知らないけど、彼に対して気分次第でころころ態度を変えるの、もうやめて欲しいの。市原君がレイラに振り回されやすい性格だって、レイラが一番分かってるじゃない!あえてやってるんじゃないかって他の一年も感付いてる。そういうの全体に悪影響だから、そろそろやめて欲しいんだよね!」


 レイラはぽかんとしていたが、みるみる紅潮した。


「それ、どういう意味……」

「ああもう、はっきり言うよ?市原君の心をもてあそばないでよ!振るか付き合うか、もうどっちかにしてあげて!」

「はあ?振る?付き合う?」


 声が大きくなってしまい、生徒らがこちらを振り返る。レイラは慌てて口をつぐんだ。


 すると明日菜は声を低くして


「言わないでおこうとは思ってたの。でも」


 その瞳はある覚悟に溢れていた。


「今の市原君を見ていると、以前のレイラを見ているようで辛いの。後東先生にいいようにされて毎日浮いたり沈んだりしていたレイラそっくりだわ。まるで先生にやり返すように市原君に同じことしてる。……自分で気付かないの?」


 明日菜の忌憚ない意見がレイラの胸を刺す。


「そんなこと」


 そう言いかけた時、レイラの耳に耳慣れた音が飛び込んで来た。


「あれ?この音……」


 明日菜も気付いたらしい。


「市原君のスマホの着信音じゃない?」


 二人、共に同じ方向を見ていた。そこには中学校舎唯一の男子トイレがある。反目し合ったのを忘れて二人は頷き合うと、明日菜は携帯で西田を呼び出し、レイラは男子トイレにそろそろと近付いた。


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