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第4章.文化祭

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46.私のせいなのね、先生

 九月は期末試験と秋休みとで全く活動日がなかった。十月、ようやくの活動日に学が部室へ行くと、小宮がぽつんと座っていた。部室を間違ったかな?とも思ったが、すぐ隣に末続と、レイラの姿がある。


「あと四人、来るのよ」


 末続はニコニコしながらそう言った。学が呆けていると、扉が開いて更に四人の女子が入って来る。学が思わずレイラを振り返ると、


「全員、今日からうちの部員よ」


と微笑んだ。学は合宿以降全く教室で小宮とは話しておらず、まさかハンドベル部に入って来るなど予想していなかった。小宮は気を張ったように固くなっている。気を利かせて隣の荒井が言った。


「合宿の発表会の日に、こっちへの入部を決めたの。あの発表、とても良い演奏だと思ったわ。何だか皆楽しそうで」


 小宮はそれでようやくうんうんと頷く。学は演奏自体を褒められたことは初めてだったので、素直に嬉しさで笑顔になる。


「大変だわ、楽譜を選び直さないと!」


 末続は慌てた様子でそう言うが、顔は嬉しそうだった。それから西田と岬もやって来て、学とほぼ同じ反応を見せた。荒井がまた同じことを説明している。


「じゃ、新しく入部した子達はこっちに集まって。基本を教えるから」


 末続が新一年らを呼び、基本の振り方を教える。その間、いつもの五人は合宿で演奏した曲の確認をした。


 すぐに帰る時間がやって来る。明日菜とレイラは帰り支度をしながら、何やら大きな声で模試がどうのという話をしていた。男子三人は何となく耳をそばだてた。


「ねえレイラは行きたい大学、決まってる?」


 レイラはうーん、と煮え切らない。


「今のところ、A大学の英文科を志望してる。ハンドベルサークルのある大学で探してるんだ」

「へー、そっか」

「明日菜は?」

「私は大学はまだ決めてないけど、情報系かな」

「そろそろ大学も文化祭の季節でしょ?見学会とかにも参加した方がいいのかな……」


 近い未来について話に花が咲いている。男子三人は、置いて行かれたような気持ちになった。


 前期も終わり、一年はもう半分過ぎた。


「先輩頼れるのも、あと半年だな」


 西田は指折り部活日数を数えている。


「二年の後期は、もう進学に向かって走り出さないと遅いですよね」


 岬は顔を引き締める。学は少し落ち込んでいた。


(藤咲さんと部活を出来るのは、あと半年しか無い)


 おい、と西田が学の脇腹をつついた。


「お前、今考えたこと口に出して言ってみろ」

「お腹空いた……」

「嘘つけ」


 三人は笑った。ふと岬が言う。


「……最初に比べて、本当に関係が良くなりましたよね、ハンドベル部」


 西田が感じ入るように頷く。


「ああ、本当だよな。俺なんか初対面で同学年に無視されたり、苦労したもんよ」

「それは……もう忘れてよ」


 学は苦笑した。


「そんなこともありましたか?何にせよ、市原君の努力の賜物ですよ。こんなに人数が増えたのも、こうしていられるのも」

「それも言い過ぎじゃ」

「これからは来月の文化祭に向けて練習するんだよな?」

「そうでしょう。校外のお客さんを迎えるのは、これが初めてですね」

「今日で人数が十人になったよ。ゴールデンウィークに見たような演奏も、夢じゃないかも知れない」

「きっと出来ますよ、今の僕らなら」


 穏やかな秋。ずっとこの季節が続くような気さえした。


 けれどそれも、本当に一瞬の出来事だったのかも知れない。後に学はそう思うこととなる。


 何もない日々なんて、滅多には訪れないのだ……。



「ええっ。駄目なの?」


 末続が悲鳴を上げる。山下はがっくり肩を落としていた。


 十一月の文化祭の発表に向けて、初めて学院に来てくれる聴衆のために、ディズニーやサウンドオブミュージックなどの、エンターテイメント指向の選曲をしたはずだったのだが。


「石室先生がさ……礼拝堂でやるんだから、その曲目は駄目だって言うんだ」


 部室内の生徒はざわついた。ようやく慣れ始めた曲を、今更変更することは出来ない。山下はため息をついた。


「入学希望者が特に礼拝堂を見たがるから、ソーゴンな宗教曲が良いって聞かないんだよ」


 明日菜がそれを聞いてせせら笑った。


「石室先生ってさ、この学校に入って来るのは皆クリスチャン指向で全員讃美歌の虜だと思ってるらしいけど、実際は違うよね。実際のところ公立トップ校の受け皿私立でしかないんだから。外部から来る人を引き付けたければ、尚更分かり易い耳馴染みのある曲を演目にした方がいいのに」


 学を含め、高校から入学した外部生だけが良く状況を呑み込めないでいるので、率先して質問する。


「その……宗教主任ってそんな権限あるんですか?演目に口出し出来るような」

「礼拝堂ってのはね、宗教主任の管轄なんだよ。学校のカラーが前面に出る部分だから、管理者がノーと言えば利用は不可なんだ」

「そんな……」

「俺だってクリスチャンだよ、一応。でもこんなやり方は理不尽に思うよ」


 山下は憤っているが、やり切れないという調子だった。ふとレイラが呟く。


「去年は、出来たのよ。何で今年は駄目なの?」


 末続と山下は互いに気まずそうに顔を見合わせた。レイラはぴりついた空気をまとう。


「私のせいなのね?先生」


 生徒らがざわめく。山下が答えを出すように、眉間を押さえて黙り込んでしまう。まさか、と学は驚く。


「私知ってるんです。石室先生が、私のことを風紀を乱す存在だとお考えだってこと」


 学は春、初めて部室を訪れた日のことを思い出していた。そういえば、石室は末続と何やら言い争っていた様子だった。


「石室先生は、本当は私を目立つ所に置いておきたくないんです。ハンドベルだって、宗教部から分離させたのは私の代でした。それを快く思われていないことも、分かっています。神への奉仕の道具を元々私に触らせたくないんでしょう。代わりに讃美歌だけならという条件を提示されたということではないですか?違いますか、山下先生」


 山下は顔を上げず、言葉を落とした。


「ああもう……勘が良いなぁ君は」


 それを聞き、レイラは思い詰めた様子で言葉を続けた。


「私、石室先生に直談判して来ます」


 部内が静まり返った。


「私の責任ですから、私がやります」


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