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第3章.夏合宿

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45.合宿の終わりに

 花火から帰ったその夜、西田と岬はようやく学から昨日の話を聞くことが出来た。


「そっか……」

「それは辛い目に遭いましたね」


 沈黙の後、西田が声を上げた。


「あー、その後東って奴今すぐ殴りてーな」

「生徒に手を出して逃げるとは、なかなか」


 岬は乾いた笑いを見せてから、同情的な視線を学に送る。


「……この内容を、市原君は一対一で聞いちゃったってことですか」

「うわ。なんか悪かったな……あの時は良かれと思って」

「いいんだよ」


 学は首を横に振った。


「藤咲さん、大勢の前じゃ喋りにくかっただろうから」


 それを聞き、西田は「はー」と感嘆した。


「お前ってさ、今更言うのも何だがホントいい奴だな……」


 岬も頷いて、


「今日藤咲さんが花火中にあんなこと言い出したのも、分かる気がします」


 分かるの?と学は食い付いた。


「はい。市原君はいい子だから、傷付けたままに出来なかったんでしょうね。それで」


 言ってから、岬はしまったという顔をした。西田はそれ言っちゃうんだ……と固まっている。


「分かってる」


 学ははっきりと言った。


「あれは完全にフォローだった。その、〝良い後輩〟に対しての……」


 西田が咳払いをする。


「まあ何だ。嫌われないっていうのも、今後を考えると大事だろ」


 全てを知ったように西田が続ける。


「俺だって、付き合った当初は」


 なになに?と学と岬が寄り立てて聞き入る。西田は枕に顔を埋めてしまった。


「……で、それだけ?告白とかしなかったの」


 くぐもった声で、西田が問う。学は出来ませんと回答した。


「おい、認めたぞこいつ」


 西田は枕に向かってきひひと笑った。対して、岬は心配そうに学を見つめる。


「僕、ちょっと藤咲さんに引っかかるな」


 西田と学が枕から顔を上げた。


「昨日の今日であんな取ってつけた感謝の言葉、ちょっとおかしいですよ。余計に市原君を追い込みかねないでしょう。わざと苛付かせようとしているように、僕には思えるんですよね……」


 西田がそうか?と疑問を呈すが、学は心当たりがあってどきりとした。あの指を口に当てるポーズは、岬の言うような意図も含んでいるのだろうか。そうだとしたら彼女は一体どういうつもりなのだろう。学に、また眠れない夜がおとずれる。



 四日目の朝。制服に着替えながら、小宮は荒井達に言った。


「私、今日限りでオケ部を辞める」


 同室の生徒四人はしんとして、けれども互いに頷き合った。


「私も辞めようかな」

「私も」

「必要とされてないんだし」


 小宮は畳んだ布団の一組を押入れに担ぎ上げると、襖を閉めた。その足で出て行き、レイラのいる部屋に向かう。ノックに出て来た彼女に、


「あの」


と小宮は声を出した。


「先輩に、お話ししたいことが」



 朝食を終えると、すぐにハンドベル部員達は礼拝堂へ移動する。前日に用意しておいた緋色のマットにベルを並べて、皆指定の席に着いた。


 今日はいよいよ合宿の成果を見せる発表日だ。オケからは二曲が演奏される。メンバーの中に、小宮がいた。学は彼女を久々に見た気がする。来た当初よりやつれているように見えた。


 小宮は自身の演奏を「下手だ」と言っていたが、学が聴くに彼女が特別下手なわけでもなく、むしろ全員の音が合ってない方が気になった。しかし全員が「私、上手ですよ」という面構えで、まさに演じて奏している。そこは見習いたいと思った。


 オケ部の発表が終わり、いよいよハンドベル部の順番が回って来る。思えば、複数の曲をいっぺんに演奏するのは今日が初めてだった。オケ部が見つめる中、ベル部員五人が並び、コーチが指揮に立つ。曲目は、


「The Entertainer」

「Wedding March(真夏の夜の夢より)」

「ジングル・ベル」


の三曲だ。どれも耳馴染みのある曲なので、反応は良い。皆真剣に聞き入っている。礼拝の時のように寝ている人は見受けられない。


 The Entertainerはとにかく元気に振るのみの曲なので、特別な技法は必要なく、楽しく振れる曲だった。マレットで打楽器のように打つ奏法が目新しいし、ベルをマットに叩き付けて演奏するmartellatoという技法も、打楽器の演奏のようで楽しいと学は思っている。


 ウェディングマーチもジングルベルも、元気に振る曲なので違和感なく聴かせられるものに仕上がっていた。あいにくその他のスローテンポのハンドベル曲は今の時点では音がばらけて合わず、発表を見送った。


 演奏が終わると、拍手が起きた。ノーミス、成功だった。なぜか西田が末続に握手を求めに行き、固い握手を交わす。弾けるような笑い声が堂内に起こった。


 小宮はそれを熱い眼差しで眺めていた。隣にいる女子が、ベル部は仲良さそうでいいね、と呟く。小宮は教室とはうって変わって満面の笑顔の学を見た。少女の、バイオリンを握る手からふっと力が抜ける。


 昼食後、すぐに帰る時間となった。バスは生徒を乗せて走り出した。例によって、末続は自らの車にベルを乗せ、一足先に学校へ向かうと言うことだった。


 学が席で疲れからかぼんやりしていると、背後からカメラが差し出された。


「これ、山下先生から」


 レイラの手から、カメラを受け取る。


「欲しい写真があったら、言ってだって」


 学はカメラの内蔵写真をスクロールした。いつの間に撮られていたんだろう。合宿所に来てから今までの出来事が収まっている。中には動画もあったので、学は再生した。


 当初、音はバラついていた。それが徐々に合って行く。成長の感じられる動画の数々だったが、学は曲よりも部員の表情に釘付けになった。特に顕著なのがレイラで、一日目に比べ四日目の動画では、演奏中ほとんど笑っている。


 学はその顔にじっと見入り、


(これでいいんだ)


と少しだけ気が晴れた。合宿で起こったことは、少なくともレイラにとって良いことだったのだ。


(自分は間違ったことは何ひとつしていない)


 学の手元の画像には、口に人差し指を当てるレイラと彼とが写っている。周囲が疲れ果てて寝る中、学は一心に画像をスクロールし続けていた。

これで第3章は終わりです。次回から第4章に突入します。

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