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第3章.夏合宿

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40.喧嘩で雨模様

 レイラと小宮は雨が止むまでコンビニの軒下で待つことにした。しかし一向に雨は降り止まない。そろそろ練習再開の時間だ。小宮も時計を気にしている。もうほとんど休憩時間内に帰るには絶望的な時間になった辺りで、土砂降りの雨の中、傘を差した人影が現れた。


 小宮が気付き、レイラの肩を叩く。


 学がもう一本傘を持って現れた。彼はレイラの隣に小宮を見付けて、驚いているようだった。学はレイラに対峙する。明らかに、良い雰囲気ではない。小宮は二人のベル部員を見守った。


 学は傘を無言で突き出す。レイラはじっとそれを見て、


「その傘は彼女にくれてやって。私は雨が止んだら帰るから」


と言い放った。学は明らかにむっとする。次に小宮に傘を差し出した。すると小宮は首を振ってそれを拒否した。面食らう二人に彼女は言った。


「三人で帰らないと、嫌です」


 思わずレイラと学は顔を見合わせる。が、慌てて互いに視線をそらした。


「小宮さんに迷惑ですから、先輩、早く行きましょう」


 学はそう促し、さも小宮のためというように振舞った。が、どことなくほっとした表情を見せる。内心小宮に感謝している様子なのは明らかだった。レイラも第三者の意見を盾にされては嫌とも言えず、渋々彼から傘を受け取り小宮と収まった。


 学が先導して歩く。雨の中、会話はない。


 信号を待つことになって、三人並んだ。全くの無言。空気を読んで小宮が口を切った。


「部長さん。迎えに来て貰って助かりましたね」


 レイラはそうかしら……と呟く。学はカチンと来て何か言おうと身構えたが、


「私のこと……誰も追いかけて来てくれません」


 小宮が寂しげに呟き、ベル部員達は慌てた。


「き、きっと今探してるわよ」

「そうそう、ほらロッジの方を……」


 言いかけて、学はもごもごとお茶を濁した。レイラと会話が成り立ちそうになり、ちょっと悔しそうに歯噛みしている。


 学とレイラの間にいる小宮は二人を見比べた。そしてぽつりと


「……もしかしてお二人、ケンカしてらっしゃいます?」


 びくりと二人は図星のていで体を震わせた。


「してません。藤咲さんが勝手に出て行って」


 信号が青に変わり、三人は歩き出した。


「出て行ったのは誰のせい?あなたが余計なこと言ったからでしょう」

「余計なことなんか一切言っていませんから。隠しごとはなるべくして欲しくないんです」

「隠しごとなんて言い方悪すぎるわ」

「悪すぎ?合ってるでしょ、言い方」

「あなた、あの時の自分の言動を正しいと思っているの?」

「はい。前言撤回する気は毛頭ありません」

「……!」


 二人の会話を聞いていた小宮はクスクス笑い出した。


「いいですね、ベル部は皆仲良さそうで」

「……別に仲良くなんかないわよ……」


 レイラは心外だとでも言うように、呆れた顔で反論した。


「……オケは、一年と二年の間に大きな隔たりがあります」


 小宮は言葉を落とした。こちらの部より深刻な問題を抱えているように聞こえ、レイラと学は同時に小宮を見た。


「足を引っ張るな迷惑だ、って言われたのよね?」


 学はそれを聞いて思わず声が出る。


「それ、ひどいね」


 小宮はうつむきながら首を横に振る。


「ひどいかもしれない。でも足を引っ張ってるのは、本当のことです」


 学は自分のことのように苛立ち、


「ベルは一人でも欠けたら演奏出来ない楽器だから、部員にそういうこと言うなんて考えられないな」


と言う。レイラは気まずそうに首をすくめていた。


 ロッジが見えて来る。小宮の肩がどんどん下がる。その足がぴたりと止まった。つられて他の二人も立ち止まる。小宮はえい、と声を出して傘から出た。


「あの、傘ありがとうございました」


 忙しく頭を下げると、走り出した。そして門の前で再び振り返る。


「早く仲直りして下さいね!」


 言い捨て、猛スピードで走り去ってしまう。学とレイラはぽかんと彼女の背中を見送った。その後姿は、自分達より重いものを背負っているように見えた。


「小宮さん、大丈夫かな……」


 レイラが呟き、


「何か助けられることがあればいいんだけど」


と学が呟く。


 ふと喧嘩中であることが互いの頭をよぎったが、何だかどうでも良くなってしまった。


「そういえば、どうして先輩は小宮さんと一緒にいたんですか?」


 レイラは色々考えた挙句、素直に話すことにした。


「私が駆け出してロッジの裏手に行ったら、彼女が泣いてたの。それがあんまり可哀想だから、コンビニへ行こうって誘って……」


 学はそれを聞いてちょと笑ってしまう。


「……何がおかしいの?」

「いや、だって。俺らには藤咲さんは絶対そんなことしないだろうと思って」


 レイラが思わず笑い、ようやく互いの視線が合った。彼女の目にあった敵意のようなものは、今は完全に消えている。二人はロッジの正門前に佇んだ。学は末続の言葉を思い出した。


 あのことを聞き出すなら、今。


「藤咲さん」


 何、といつも通りの返事があった。


「俺、ずっと先輩に、聞きたいことがあったんです」


 互いに向き合った。レイラの頬に緊張が走る。


「この前落とした写真に一緒に写っていた、後東先生ってどんな先生でしたか?」


 振られた質問が予想と違っていたらしく、レイラは拍子抜けしていたが


「その名前、どこで知ったの?」


 学は西田の姉が卒業生で、その教師の存在を知っていたことを明かした。レイラは深く息をつき、それから今にも泣き出しそうな顔をした。学はそれを目の当たりにし今聞くことではなかったかと臆するが、レイラはすぐに吹っ切れたような表情で顔を上げた。


「今日は……ごめん、心の準備が出来てなくて、話せない。明日の晩、話すわ。それでどう?」


 学は頷いた。レイラも、それに合わせて頷く。その瞬間、二人の間に何か契約が結ばれた後のような安心感が漂った。


「どこへ集まればいいですか?」

「そうね……なるべくコーチのいないところがいいわ。他の一年も呼んで。全部話すから」


 言いながらレイラは両目を手の甲でごしごしとこすった。彼女が涙を拭いながら素直になって行くその過程は、学の目にはどこか危なっかしい姿に映った。


 二人、闘いに挑むように門に入る。


 ロッジの掃き出し窓には、興味津々のベル部員達が待ち構えるように張り付いていた。


 レイラは


「ごめんね!」


と叫んで駆け出した。彼女のすっきりした顔に比べて学の表情が固かったのを、部員らはおや、とでも言いたげに見やる。


 雨はずっと降り続いた。


 練習はすぐに再開された。

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