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第2章.部員集結

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29.明日菜の歪んだ愛情

 一週間後。


 学が部室に入ると、そこに明日菜がいた。学は身構えた。明日菜はなぜか疲れ切った様子でベルを並べている。学は一呼吸置いて気合を入れると、


「おはようございます」


と声をかけた。明日菜はうつろな顔を持ち上げるようにして、学に向けた。


(様子がおかしい)


 明日菜はつまらなそうにため息をつく。


「藤咲さん、部活辞めましたね」


 学が話題を振ると、明日菜はまたため息。


「吉永さん達はどうしましたか?」


 明日菜はああ、とうめくように言ってから


「来ないよ」


と続けた。学は少し意地悪な質問を投げてみる。


「藤咲さんが辞めたら、皆戻って来るんですよね?」


 その発言に、彼女は急にぴりりとした空気を纏う。それで学は駄目を押した。


「松島さん、そう言ってたじゃないですか」


 すると明日菜は


「嘘なんだって」


と口を尖らせた。


「嘘?」

「吉永さん達に、レイラが辞めたから部活行こうって誘ったけど〝嘘だよ何でまた入らなきゃならないの〟って言われた」


 学は呆れて黙した。あんなに人を振り回しておいて、あっさり彼女は仲間に裏切られたのだ。


「……松島さんは」

「私、馬鹿みたいだよね」


 明日菜はこの前の威勢の良さはどこへやら、急に自嘲して見せる。


「信じたら裏切られる。その繰り返し。あーあ、いっつもそう」


 愚痴めいて来る明日菜だったが、白い手袋をはめてベルをひとつ持つと、それを高々と掲げた。


「あれ?このベル汚れてる」


 え、と言う間もなく明日菜は早口で


「鯖だわ。ポリッシュで落とさなきゃ駄目じゃない。音は落ちるし、放置すると海外へクリーニングに出さなきゃならなくなるのよ。そうなったら練習が出来なくなるじゃない。それに、グリップもぐらついてるわ。音がばらけるからネジ締めとかなきゃ駄目」


 明日菜は学を見ずに、ベルに向かって熱弁する。


「ああもう、今日は演奏やってる場合じゃないわ。メンテしましょ。今磨いておけば、ペンテコステの時姿が映えるわ。礼拝堂だとステンドグラスの光が入って、ベルの姿が別格なんだから」


 学は語る明日菜の横顔に見とれる。


(すっごく楽しそう)


 嫌がらせを働いている時とは明らかに違う輝いた彼女の頬に、学の胸が少し詰まった。彼女はこの道具を何よりも愛しているのだ。


 明日菜が準備室から磨きセットを持って来て学と磨いていると、西田が入って来た。


「あれ、松島さんじゃん。もう入部したんスか?」

「何よあんた、とぼけてないでベル磨いてよ。汚れっぱなしだったじゃない、これだから男にベル任せるの嫌なのよね!」


 明日菜が本気で怒り、西田は閉口する。


「ベルだけよぉ、私を裏切らないでくれるのは。人間なんかみーんな大嫌い!信じられるのはハンドベルだけ!」


 狂ったような理論と迫力に気圧され、西田が蒼白になっている。それを見て学は吹き出した。磨くのには力が入った。輝いて行くベルに合わせて、少年少女達の額に金色の光が乱反射した。


 緋色のベルベットにベルが並べられ、くたくたになった三人は夕陽の中ベルを見つめた。明日菜は憑き物が落ちたようにすっきりした顔で、


「レイラはどうしてるのかしら」


と言葉を落とした。学と西田は目配せして応える。


「辞めたのは残念でしたね」


と学。


「もう誰も入って来ないのかな」


と西田がかぶりを振った。


「ふん。あんなにすぐ辞めるなんて、レイラはハンドベルに愛情が足りないのよ」


 自らの行いを全て棚上げして被害者を罵倒する明日菜に、学と西田はぞっとした。レイラはどういう想定で辞めるなどと言ったのか、学にはまるで検討がつかない。


 三人は部活を終え、靴箱へ降り立った。一年生男子は一刻も早く帰ろうと急いで上靴を脱いだ。ふと明日菜が声を出す。


「あれ?」


 学と西田は明日菜を振り返った。


「私の靴がない!」

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