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第2章.部員集結

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27.居場所を守るために

 レイラは体育用ジャージで過ごしていたため、今日は余計に学内で悪目立ちしていた。


 学は暗い気持ちで部室へと向かっていた。ふと明るい笑い声が聞こえる。


(いいな、気楽な奴は……)


 学が放課後の、一階にある空き教室に目を向けると、そこでは朝に見たあの連中が騒いでいた。明日菜と、あと四人の二年生だ。驚いて身を隠そうとしたが、待てよ……と学は立ち止まる。彼はむしろ彼女らの方へ進んで行った。


 忍び足で窓へ近付く。幸い初夏の陽気で、窓は大きく開かれていた。


「じゃあ、約束のコレね」


 ある女子が、明日菜の前にノートの山をどさりと置いた。彼女はそれをパラパラと見、満面の笑みを浮かべる。


「ありがとう、助かる」

「また来てよ」


 五人はきゃっきゃと笑い合った。


「レイラをベル部から追い出すためなら、私達何でも協力する」


 すると明日菜はにやーと卑しく笑った。学はここで初めて、足が震えた。


(これが女のイジメか)


 男のいじめは分かりやすい。どちらも悪いことをしている、されているという実感を伴い易い、いわゆる〝暴力〟がその内容を占めている。しかし彼女らのいじめは暴力でないだけに、その実感が非常に薄いように思える。


「明日菜も来たし、これからどうする?」


 行楽の予定でも立てるように歓談する。ひとりがこう応えた。


「こういうのはどう?やっと登校出来た明日菜ちゃんが財布か何かを盗まれて、それがレイラの鞄から出て来るの!もう大騒ぎになっちゃうよ!」


 どっと笑いが起こる。


(いやいや、全然笑えないって)


 学は震える足で窓の前に立つ。これ以上妙な計画を立てられるわけには行かない。


「松島先輩!」


 学は思いっきり窓の外から叫んだ。何人かが悲鳴を上げてのけぞった。


「今日、ハンドベル部の活動日ですよ!一緒に部室へ行きませんか!」


 ここ何年も出したことのない大声だ。明日菜は口をあんぐりと開いたままだったが、他の女子は我先に教室から逃げ出して行く。


「ちょ、ちょっと待ってよみんな」


 誰も残らなかった。明日菜はぶすっと口を尖らせると、窓までやって来て学を見降ろした。


「あんた、コンサートにレイラと来ていた……」


 顔を覚えられているようだ。彼女は学を品定めするように上から下までねめつけると、


「ふーん、男子だったんだ。女の子かと思ってたわよ。あんたもレイラの味方なの?」


 学は岬の話を思い出した。


〝男の人って、皆レイラに優しいのね……〟


 とっさに学は話題を変えた。


「あの……藤咲先輩と松島先輩の間に何があったんですか?」


 すると明日菜はフフンと鼻で笑った。


「あんたの大好きな藤咲さんに聞けば?」


 学は面食らい、黙ってしまう。明日菜はその様子をさもつまらなそうに眺めると、背を向けて教室の出口へと歩き出した。学は窓にかじりつく。


「松島先輩、もうハンドベルは嫌いですか?」


 明日菜の足が止まる。


「あのコンサートに行って気付いたんです。やっぱり人数が多い方が、いい演奏が出来るんじゃないかって」


 明日菜は黙ってそれを背中で聞いた。学はそれに気付いて更に言う。


「演奏を、諦めたくないんです。その……もっとダイナミックな曲とか、やってみたいなって。先輩はそう思ったことは」


「親切心で忠告しておくわ」


 学の声を遮り、明日菜はこちらに振り向いた。


「レイラはあんたのこと大嫌いなの。でも、色んな曲がやりたいから我慢してあんたを追い出さないだけ」


 唖然としている学に、明日菜はあの卑しい笑みを見せた。


「知ってるのよ私。どうせレイラが可愛いから金魚のフンやってるんでしょ、あなた」


 思いもかけないことを言われ、学は髪を振り乱すように首を横に振った。それを見て明日菜がどこか嬉しそうに笑う。


「じゃあ、レイラがいなくなってもハンドベル続けるの?」

「それは……」


口ごもる学だったが、


「もちろん続けます」


 はっきりと彼はそう言った。すると、ふーんと明日菜は呟いて、


「じゃああなたにも教えてあげる。さっきまで話していた吉永さん達……みんな元ハンドベル部員なのよ。彼女達、レイラがいなくなったらハンドベル部に戻りたいんだって」


 学は固まる。くっくっと明日菜は笑った。


「レイラ追い出せば人数が増えるよ。ベルに迫力が出るでしょうねえ」


 学はまじまじと明日菜を見た。混乱している彼を置いて、明日菜はするりと教室の引き戸を閉め走り去る。学は今しがた言われたことを反芻する。あの人は一体何を言ってるんだろう?


 しかし、しばらくするとふつふつと怒りが湧いて来た。


(何を知ってるって言うんだよ)


 金色のベルに惹かれてから、学に希望が生まれた。学校に来る意味も見出せた。あんなに気難しかったレイラだって、少しずつ話しかけて来てくれるようになった。西田も理解してやって来てくれた。


 居場所が出来た。


 中学の時には作ることが出来なかった、自分の意志で、自分らしくいられる場所。


 それを奪う権利が、明日菜にあるとでも言うのか。


(何も知らないくせに)


 学の拳に爪が食い込む。文字通り、彼は怒りに震えていた。



 学が部室に入ると、もう既にベルが並べられていた。末続とレイラが浮かない顔で座っている。山下もいる。西田はまだ部室に来ていない。


 学は部室に漂う倦怠感を吹き飛ばすように


「今、松島さんに会って来ました」


 三人は驚いてこちらを見る。


「松島さんは自分の財布を藤咲さんの鞄に入れて、盗まれたと大騒ぎするそうです。で、藤咲さんを追い出したハンドベル部に、吉永さん達とまた戻ろうと話していました」


 それを聞いて末続は「嘘」と呟く。山下も何か言おうとしたが、レイラが口を挟んだ。


「嘘よ。明日菜はそんなことする子じゃないわ」


 本当のことを言ったまでの学は負けじと反論した。


「じゃあどんな子か、これから分かりますね」


 レイラは黙った。学はレイラと明日菜がどんな関係なのかほぼ知らされていない。


「お二人の間に、何があったんですか?それと松島さんに多くの生徒が肩入れする理由は何ですか」


 しんと部室が静まり返った。


「僕らの口からは言えない」


 末続の立場と合わせて、山下は回答を拒否した。一方のレイラも


「言いたくありません」


とはっきり断った。


「何も知らないのは、この部で俺だけですか」


 山下と末続は黙秘を続けている。考え込んでいたレイラは、まっすぐ学の目を見て言った。


「私、あなたを巻き込みたくない。知らない方がこの学校で楽に過ごせるわ。私はあなたの為を思って言ってるの」

「そんなことないです。知らないのは嫌です」


 学が言い返すと、山下がはっきりとこう言った。


「でもね、市原君。藤咲さんが嫌がってるのにも理由があるのだから……この時点で言わないと駄目かな?」


 遠回しではあるが、嫌がることはするなと言われている。皆事情を知っているのだ……自分以外。学が口を結んで静かに怒っていると、レイラはぽつりと言葉を落とした。


「本当はあの子、ハンドベルが大好きなはずなの」


 驚いて学は彼女を見る。


「じゃないとコンサートなんか見に来ないし、それに……あの子の通ってる教会にはハンドベルがあるのよ。ハンドベルのある教会だから通うことにしたって、前に聞いたから」


 それほど好きなのに、部員の学にあんなことを言ったのか。


 末続の方も、何か思うところがあるようだ。


「学校に来たってことは何か明日菜の中で変化があったってことなのよねえ。そこは見過ごしたらいけないところだと思うわ」


 学も顎を触りつつ考える。と、部室の扉が開く音が聞こえた。四人が同時に扉に目を向ける。


 西田が岬を連れて入って来た。


「すいません、遅れました」

「その子は……」


 長身の岬は刺さる視線に、決まり悪そうにその長い首をすくめている。


「あの、実は今日、もうひとつ皆さんにお伝えしたいことがあって」

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