8話 遭遇2
「えー……それは予想外だな」
目の前の光景を理解するのにかなり手間取った。
いや――実際には5秒も経ってないはずなのだろうが、ジョウにはそういう風に感じられた。
攻撃された―――?
なぜ―――?
そう思いつつ、ジョウはその理由も大まかに理解できていた。
甲高い音が鳴り響き、カナとカズの両者は互いを弾き離れる。
カズはそのまま数メートル後方に、カナは手前のジョウを守るように。
その光景はジョウからしてみればいつもの闘技場での戦いと変わらない景色だった。
ジョウがこの場にいることが最大のイレギュラーではあるが。
「付き人っぽい感じだったから全く警戒してなかったけど――」
カズは表情を崩さない。今しがたの出来事に驚いてはいるようだが、それによって動揺しているようにも見えない。
「――まさかその娘、戦闘タイプなのかな?」
ここでやっとジョウはカズに向き直る。会話を続ける気はあるらしい。
「――どういうつもりか、説明してもらおうか」
「いやまあ、説明するまでもないだろうけど」
まあそう思う。ここまでの話の流れから察するに、大方俺達が――
「――君達が、邪魔だからだよ」
カズは言葉を紡ぐ。
「君達と俺は確かに同士だ。これまで会ったことこそないものの、恐らく同じ経路をたどってこの世界に来ている。それは多分この世界じゃ今の所はレアだ」
カズは戦闘の姿勢を解かない。そしてその限りではカナも同じだ。奴の話が耳に入っているかどうかも怪しい。しかし今まさに奴に攻撃されカナが防いでくれた以上、危険は常にある。話はジョウが聴けば十分だ。
「そう、今の所はだ。君達も知ってるだろう、あの多くの失踪事件を」
「――ああ」
知ってるなんてもんじゃない。俺達は当事者なんだから。
「感づいてるだろうし、多分それが真実だろうけど、この現象がその正体。つまり順当に考えれば失踪事件の分だけ同士がいるはずなんだ」
「つまりは、情報はそいつらと共有しても遅くはないと?」
待っていたかのようにジョウは言う。自分であまり望ましくない行為だと、今の状況を分析しながら考える。だとしてもこの男に好きにしゃべらせる気にもならない。
どちらにしろ、内容は先ほど自分がこの男の誘いを断った理由と同じだ。
「その通りだね。そしてそれを考えた時、俺の発想に君達は共感しなかったという事実が凄く邪魔なんだ。意見は統一しておきたいんだよ」
自分の意見を変えるという発想はないらしい。こいつの危険性は十分に分かった。
「ということで、話は終わり」
その言葉を受けて、本格的に恐怖を感じる。ジョウが今一番考えている不安の根本。
武器がない。
「じゃあね!」
瞬間、再度両者が激突する。
カズの突きをカナは器用に先ほどと同じ個所で防御する。
今度の奴には追撃の躊躇がない。2度、3度と短剣を振るい、カナはそれを全力で捌いている。
まずい。これは非常にまずい。
カナは格闘タイプではあるが、様々な武器を装着した状態で真価を発揮する。
そしてジョウは戦闘においてはっきり言って役立たずだ。この場では力になれそうもない。それどころか現状ですら足手纏いの状態だ。
「――凄いなあ、君。付き人なのに完全に戦えてるじゃん」
キリキリと擦れ合う金属の音が続く中、カズは今度はカナに向けて言葉を投げる。
「でも流石に武器なしは舐めすぎでしょ。早く出したら?」
「――っく」
防御困難な攻撃にたまらずカナは退避行動をとる。しかしジョウの前から離れようとはせず、耐える姿勢を続けてくれている。
考えろ。どうすればこの場を離脱できる。
逃げるにしても、比較的足の遅いジョウとそれを庇うカナでは追いつかれるだろう。
第一、今は警戒してか使ってこないが、奴のもう一方の腕のマシンガンを使われたらどうしようもない。
どうやら戦闘の意志を明確にしないことで武器を出せない現状はばれていないようだが、看破されたら一貫の終わりだ。
どうする。
「――ちなみにさあ!君達のプレイヤーってどうしてんの?」
戦闘を再開したはずのカズが、再度口を開く。
ただし、先ほどとは違い、カナへの攻撃は続けている。
「あ、俺らをここに連れてきやがった奴ね。自分でプレイヤーって言ってた。『そのままじゃ物足りない』とか言って俺を使って馬鹿正直にはしゃぐもんだから、このマシンガンをぶっ放してやったんだ。そしたらなんか動かなくなってさあ。行動不能とはちょっと違ったんだよな」
カズは素朴な顔をする。何も知らない子供のように。
「元の世界で視界に入った奴らに楽しくぶっ放してた時は行動不能になってただけなんだけどなあ。直前に『俺を殺すのか?』とか言ってたけど、消えるとかじゃなくて全く動かなくなっちゃったんだよ」
殺す――。
他者を死に至らせる行為。そう知った。そこには底知れない、どす黒い意志を感じた。
「――それで、それが君達にも起こるのか、試してみたいって気持ちがあるんだよ」
背筋が凍る。
死。
行動不能も長い間目覚めることが出来ないので恐怖の対象ではあるが、死には別格の恐ろしさがある。
得体のしれない戦慄からか、じりじりと後退していたはずのジョウの動きは止まってしまっていた。
「――ジョウ!」
瞬間、青白い光が見える。
それは、闘技場では見た、しかし未だに直視したくない光景。
そこでジョウは自分の失態に気づく。
光はカナの左肩から漏れていた。
「カナ!」
呆けていた自分を庇ったカナに、明確にダメージが入ってしまった。
身体へのダメージを表すその光は、この世界でもはっきりと存在していた。
ただし、向こうではすぐに収まっていたその光は、収まるどころか内部から漏れるように光り続けている。
さらに違う点として、カナの表情が明らかに悪くなっており、その場に膝を落としてしまっていた。
「はあ、なに油断してるんだよ」
カズの言葉も耳に入らず、慌ててカナを抱える。
「――悪い!大丈夫か!」
「大……丈夫です。しかし、肩が……重く感じます」
どう見ても大丈夫じゃない。
「……全く、本人が戦えても守る主人が無能だと苦労するね」
言い返すほどの余裕もなく、ただ現状をどう解決するか、それだけで頭がパンクしそうになる。
しかし腕の中のカナはそうでもないようで、
「ジョウを……馬鹿にしないでください」
と珍しく他人にそれも怒りの感情を向けている。最近はカナの色んな感情が見れて少しだけ嬉しい気持ちになる。
しかしこの状況を見ると自分でも足手まといと認めざるを得ない。
自分の独断でカズの誘いを断っておいてこのザマだ。もう少し慎重に考えていれば、あるいは取りあえず協力しておくという形にもできたかもしれない。
カナの手前、冷静に行動しようと試みたが結果は散々である。
「好きに言えばいいよ。でもやっぱり君達も動かなくなりそうだね」
カズは笑みを浮かべている。
カナも動けないことはないだろうが、先ほどのように武器なしで捌けるほどの機敏な動きは出来ないだろう。そして恐らく、
「その様子だと、結局まともな武器も持ってなさそうだね。強そうだから変に警戒しちゃった」
やはり、ばれてしまったようだ。こうなればもうこのまま逃げることは不可能だ。
絶望的。まさかこんな訳の分からない世界に来た直後にこんな目に合うとは。
せめて奴の言うようにまともな武器があれば―――。
……
……
「武器……」
疑問が浮かぶ。
――――何故カズは武器を持っている?
俺達は転送直後何も持っていなかった。元の世界で武器を使う場合、ジョウが操作することで顕現できる。
しかしワープ同様それはこの世界ではできないようだ。
だが、今カズは持って、使っている。
―――『そのままじゃ物足りない』とか言って俺を使って馬鹿正直にはしゃぐもんだから―――
ジョウは一つ、確信を持った。躊躇する時間はない。
「悪い、カナ。少しだけでいい。俺を信じて、少しだけ耐えてくれ」
カナを真っ直ぐ見つめて言う。
「了解です」
即答だ。これほど頼もしい返事もない。
瞬間、ジョウはその場から全速力で走りだした。
「――――は?」
あっけにとられたであろうカズの顔を確認もせず、ジョウはあっという間にカズの視界から消えた。
「――――君の主人は、とんだへっぴり腰だったみたいだね」
呆れたような顔をして、カズはカナに語り掛ける。
「どうだい、あんなダサい主人のためじゃなくて、今からでも俺と一緒に行かない?」
カナは顔色を変えない。怒りの意志はそのままに、真っ直ぐ立ち上がり、カズを見据える。
「お断りします。そして――――言われなくとも、私は常にジョウを信じています」
***
致命的な問題が発生した。
奴への連絡の仕方が分からない。
名前は―――ユズル、だったか?そんな風に名乗っていた気がする。
ジョウはある程度離れた建物の陰で、必死に連絡手段を考えていた。
元の世界はウィンドウを開いて通話モードにすればできるのだが、ここではできない。またしても失態だ。
そもそも通話モードで奴に繋げられる方法も分からない。一度戻るべきか。
しかしこうしている今もカナは重大な危険にさらされている。1秒も無駄に出来ない。
その時、
「――――ジョウ!」
頭の中に声が聞こえた。
チャットの感覚と同じだった。しかしウィンドウは出現していない。
そしてその声の主は
「俺だ、譲だ!聴こえるか!?」
ユズルだった。
「――――――ああ、聴こえている!丁度連絡しようと思っていたんだ」
「お前が俺に……?まあいい、お前今どこにいる!?騒ぎは起こしてないか!?」
何か情報を掴んだのか。どういう連絡手段を取っているのか、それは今はいい。
「騒ぎは起きているが俺達は今の所被害者のはずだ!信じてくれとは言わんが、助けが欲しい」
「――――なるほど、理解した。疑って悪かった、信じる。俺に何を求めているんだ?」
やけに話が分かる。話をろくに聞かずにユズルの家を出たのに、まるで同じ思考回路をしているようにすんなり話が進む。奴の話が正しければもしかしたら当前なのだろうが。
「武器を渡してほしい。対抗手段がない」
「相手の特徴は?」
「左に短剣、右に重機関銃」
恐らく相手がジョウの『同士』であることも見抜いたのだろう。冷静に装備を聴いてくるユズルにジョウは躊躇なく答えた。
「分かった。『ワールズ』は起動中なんだ。装備操作もこれまで通りできる」
やはり思った通りだ。奴の言葉で言うなら『プレイヤー』たちのあの画面から一連の操作が出来るようになっているらしい。恐らくこのチャットもそうだろう。
深い事を分析している暇はない。ジョウにはもう答えが出ている。
「その単純な攻撃構成なら、俺が送るのは――」
「ユズルが送ればいいのはいつもの――」
「「バヨネット」」
カナの標準戦闘武器。
どうやら奴も同じ考えらしい。
***
カズはその瞬間の動きに対応できなかった。
一瞬。
カナが中型の装備をしたところまでは覚えている。
マシンガンを構えて放つその瞬間、小さい声で
「了解です。信じてました」
という言葉が聞こえたと思ったら
斬られていた。
「何、が」
振り返るとそこに、バヨネットを装備したカナが明らかな攻撃態勢で構えている。肩のダメージも決して軽くはないはずだが、その目には一切の弱さを感じない。
「――――くっそがああ!」
轟音と共に、マシンガンが火を噴く。
しかしカナはバヨネットの刀身でそれを巧みに弾く。高速で詰め寄るカナに対応するほどの意識も用意できるわけもなく、カズの目の前は青白い光で包まれた。
***
「よくやった。カナ」
ジョウがカナの所にたどり着いたときには、既にカズは地面に突っ伏していた。
まさに瞬殺。
伊達に闘技場決勝まで戦っていたわけではない。攻撃あるいは防御手段さえあればたとえ闘技場参加の戦闘タイプでもその辺の奴には負ける要素はなかった。
だとしても、奴が最初から話もせず庇う対象のジョウに向けてマシンガンを乱射していたならば、あるいは武器転送がもう少し遅れていれば倒れていた方は逆だったかもしれないことを考えると、今のこの光景に安堵しかない。
「恐れ入ります。ジョウのおかげです」
いやいや。
流石に今回ばかりはカナの頑張り以外にない。
――――いや。
「今回は……ユズルの助けがあってこそだった」
「ユズル……?」
カナはきょとんとしている。名前は覚えていないようだ。
いつもはそれでいいが、今回助けられたことは事実だ。あとで教えてやらないといけない。
そう考えつつ、ジョウは、倒れているカズの方に視線を向ける。
「奴は……どうなるんだ」
誰に聞くでもない言葉。あれ程の傷は元世界では間違いなく行動不能だ。しかしここでは違う。
奴が『殺した』男は動かなくなったと奴は言った。では俺達のような元世界の住人もそうなるのだろうか。
「…………!?」
その瞬間。ジョウは異変に気付いた。
奴の体が透けていく。漏れ続ける光の粒子にその存在を持っていかれているようにすら見える。
光の漏れは止まらない。見る見るうちに奴の存在が無くなっていく。
「――ッ!!」
ジョウは慌ててカナの方を見る。特に傷があった肩を。
未だに青白く光っているものの、その部分はだいぶ縮小していて、漏れ出す粒子もなくなっている。
その事実にホッと胸をなでおろして振り返ると――――
――――カズの姿はどこにも無くなっていた。
「これが……俺達にとっての……死、なのかもな」
そう呟いて――――カナが口を開く。
「ジョウは――――消させません。たとえ他の人を消してでも」
無表情だが、どこか悲しげでもあったカナを見て、ジョウは強く言う。
「ありがとな。そしてこれは、カナのせいじゃない。『殺し』は、お前が背負う必要はないんだ」
言葉の使い方は、多分合っていると感じた。