4話 困惑1
意味が分からない。
それがジョウの素直な心境だった。
思考がまとまらない。ここはどこなのか、目の前の男は何なのか。
呆けて何も声に出せない。
「本当に……ジョウだ」
どうやらこの男は自分を知っているようだが、会った記憶なんて全くない。
目の前の男は何も言葉を紡ごうとしない。ただ何やらこちらと別の感情で硬直している。
この部屋も異様だ。ジョウのいた場所の建物とは明らかに雰囲気が違う。
透明感もなければ、床に障害物もある。あちらこちらに怪しい機械もある。
と、ここでジョウはようやく我に返り、溢れ出る疑問を必死に口に出そうとする。
真っ先に聞きたい事。
「――――カナ……そうだ、カナは!」
絞りだした第一声がそれであった。
「どこだカナ!無事なのか!?」
「…………な……なんだ…………?」
男はそれに表情を一変させた。
驚嘆と感動から、困惑へと。
その意味を深慮する余裕などジョウにはない。
「お前!何か知らないか!?」
「――な、なにって」
「カナだよ!俺の付き人の!」
ジョウはたまらず男に詰め寄ろうとする。
そこで初めて、ジョウは自分が台座のような円盤状の機械の上にいたことに気づいた。
しかしそれもまた今ここではどうでもよかった。
ジョウは男の肩を掴む。
「な、何を!」
「言いから答えろ!カナはどうなった!!」
「――カ……カナならもうすぐ来るはずだ……。君と同じように……」
ようやく質問を飲み込んだのか、男は答えた。
男がカナまでも知っていたことに驚く暇もない。
「――――来る?来るってどこに!?」
「――――き、君と同じだって……君の装置の横にだよ」
「――――?」
振り返ると、先ほど立っていた台座。
その横に並ぶようにもう一台あった。ジョウのものと違い、光を放っている。
「……もう一つの処理ももう終わるはずだから、すぐだ」
「――――どういうことだ?」
「取りあえず黙って見ててくれ……」
ジョウの耳に「どうなってる……なんでこんな……」という、か細い声が聞こえた気がした。
今のジョウから見ても、男も動揺していることはわかった。
状況は把握できていないが、言われた通り、機械を見て沈黙した。
程なくして、機械がまばゆい光を放ちだした。
次の瞬間、
「――――こ、これは…………」
記憶に新しい、自分の腕が消えてゆくあの光景。
あれをそのまま逆再生したかのように、装置の上で身体が構築されてゆく。
実際には数秒であるその光景が終わった時、そこにいたのは間違いなくカナだった。
「――――――――嘘だろ」
何度目かの衝撃。その光景を目の当たりにしては疑いようもない。
俺達はあれで呼び出されている。
「…………カナ」
「――――――――ジョウ?」
ゆっくりと目を開けたカナの声は、どこか頼りなさを感じた。
「……ジョウ……ジョウですか?」
「ああ俺だ、カナ」
情けないことに、そう感じたジョウの声もまた、主の貫禄など微塵もなかった。
ここまで立て続けに異変が起こる中、そんなもの保てるほどの精神力はジョウにも流石にない。
後ろで「カナ……」という声が聞こえた気がした。
と、カナがジョウの目の前まで迫る。
顔は一見して無表情だ。しかし、その奥の動揺は抑えきれていない。
「……ジョウ!無事だったのですか?」
「あ、ああ」
「何か危険なことは?お体は?」
「大丈夫だ。今のところは」
「腕は……よさそうですね…………他も……いつもの――」
「いつもの俺だ、安心しろ」
「――――ああ……消えては、いなかったのですね……よかった……」
と、カナは顔を伏せる。
よかったです、と何度も言っているのが聞こえる。
顔も声も、俺の前で乱さないように平静を装っているのがわかった。
恐らく髪に隠れたその顔は、先程ジョウが消えている時のそれに近いのだろう。
ジョウはそんなカナの頭を撫でる。瞬間カナが少しびくっとしたのもまた珍しい。
「…………悪かった。心配かけて」
「――――とんでもないことです。ご無事ならばこれに勝るものは」
「不安にさせたな、ありがとう」
余裕がないのか、ジョウの手の下のカナは何も返さなかった。
ジョウにとってもそれは同じで、今彼女がいるのが本当に嬉しかった。カナがいない。ただそれだけでここまで不安になるとは思いもしなかった。何気ない関係が安息を作っていたのだとかみしめることが出来た。
そのまま沈黙の時間が過ぎてゆく。
今までの日常をかみしめる時間が。
そして、
「…………さて」
ジョウは向き直った。
相手は決まっている。目の前の男だ。
ジョウと目が合った男の顔には、恐怖そして気まずさが張り付いていた。
「説明してもらおうか。これはどういうことだ」
「どういうこと、というのは――――」
「――――すべてだ。ここの事。お前の事。この機械の事」
「そこからか…………ただ俺も、よく分からない点があるんだ。特にこの機械」
「それでもいい!教えてくれ」
「わかった。一から話そう」
迫るジョウを男はなだめる。しかし男のその不安げな顔ではその効果もさほどない。
「君達が、『ワールズ』の住人ってことを前提で話すよ」
「『ワールズ』?」
「――――分からない、のか。やっぱり」
と、男は言う。苦虫を噛み潰したような顔で。
「その前に、自己紹介だな」
「ああ、俺は――――って知っているんだな」
「そうだジョウ、カナ。何せ君達は俺の操作キャラだからな」
「…………?」
「俺は白神譲。譲でいい。先に君達に言っておく。連れて来て悪かった」
そう言って、疑問符が残るジョウを置いて譲は語りだした。その暗い顔を引きつらせながら。
***
バーチャルコミュニケーションサービス『ワールズ』。
それは、人々が仮想空間内で交流することを目的としたサービスである。
数年前に、バーチャルヘッドギアという商品化された新技術とともに公開され、世界的に有名なサービスの一つとなっている。
人々がオンラインで交流する、ただそれだけならば大半のMMOゲームで出来ることである。
しかし『ワールズ』の特徴としてまず挙げられるもの。それは、交流それ自体がメインであるということだ。
仮想空間内には、コミュニティ構築の拠点となる中央広場に始まり、芸術広場、ゲーム大広場、闘技場、ドレスコンテスト、装備開発局、農林水産場、企業組合、その他数々の施設がある。その数はマニアックなものも含めれば200を超える。更に参加者がコミュニティ単位で施設を建てられる巨大なフリースペースを含めればその更に何百倍ともなる。
ただしこれらの娯楽要素は、あくまで付属品であり、人々が交流するための足掛かりとして利用するものである。これらを通して、より趣味が合ったり、話しやすい人達を見つけることが出来るのである。
だがこれだけでは既存のサービスにも近いものがある。
次の特徴としては、バーチャルヘッドギアの思考解析による高速チャットと一部のノータイム操作である。これによりコミュニケーションが活発化し、仮想空間での交流をより簡易的にすることに成功した。「後は視覚や触覚」「ディスプレイ次第では」「モーショントレース技術が追い付けば」という声も上がるほど、人々がもつ異世界へ旅立つという大いなる夢への第一歩として、代表的な実践例であるこの『ワールズ』が注目されたのである。
手軽に会話ができ、生活をし、自分たちのコミュニティを作る。『ワールズ』はその自由度も相まって、仮想空間というよりは、もはや一つの世界と言っても過言ではないほどであった。
***
譲は自分の住む世界や日本という国、社会を大まかに説明した。
かなり世界観の違うその話を、ジョウはなぜかすんなりと受け入れられた。
いや、それも当然かもしれない。
その説明があらかた終わると、譲は満を持して娯楽要素としての『ワールズ』の存在を伝える。
それを聞きながらジョウは、次第に顔色を変化させてゆく。
当初の困惑の色は次第に驚愕に置き換わり、話が終わるころにはジョウの目は見開かれていた。
譲はその様子を気にしないように努め、『ワールズ』の特徴を語り終えた。
「…………まさか……そんな」
激流のような話が終わった途端、声が漏れる。
「…………どうしたのですか?ジョウ」
カナはまだ察していないようだ。思考がまとまっていないのだろう。
しかしこの世界の事を把握したジョウにはわかった。これだけのヒントを出されれば、自分たちとの関連性もわかる。
そして、自分のその世界観の把握の早さにも薄々と。
なぜならば、説明できるのだ。今まで感じていた違和感が。
しかし、まだ聞いていない事がある。
「肝心の、俺らを呼び出したあの装置は一体なんだ」
神妙な顔で、ジョウは先ほどの台座を指す。
「ああ…………そうあれは、『リアライズ・ワールズ』って名前の機械だ」
譲は続ける。どこか苦しそうに。
「――――『ワールズ』を今経営しているらしい会社があちこちで提携して新開発したものらしくて、『ワールズ』のキャラを呼び出せるっていう次世代の機能を持っているらしい」
遂に、譲の口からジョウにとって確信できる内容がでた。
「実際に彼らと触れ合ってみませんか?って触れ文句でな。細かい説明はまた省くけど、作成した使役NPCがいる場合もそれ用に用意することで呼び出せるって話だ」
「――――――――その使役NPC…………ってのは、まさか」
「――――そう、ジョウが言ってた言葉で言うなら…………『付き人』」
息を飲む音が聞こえた。カナもようやく察したらしい。
「勿体ぶってすまない。だがもうわかっているだろう」
「…………」
「君達はその『ワールズ』のキャラだ。だから恐らく――――」
譲も息を飲む。これでとどめだと言わんばかりに。
「――――君達の世界での行動は、俺が操っていたものだ」
証明が終了した。
違和感のある知識はすべて他人の、この男のものだから。
自分の住む世界に違和感を感じるのも、あちらがこの世界とやらに対する仮想空間だから。
これが本当ならどうやら自分は、自分の意思で動いていたわけではなかったらしい。
ジョウは目が回るようだった。