3話 日常と崩壊3
闘技大会を終えたジョウ達は、3人そろって中央広場で『夜空』のメンバーに囲まれていた。
話を聞くに、応援しにくいだろう、というジョウの予想に反して観客席では大盛り上がりだったらしい。
確かに珍しい一戦ではあったんだろうが。
「いやーホント素晴らしかったよ!僕的には特に最後!」
特にDは常に興奮状態だ。
「正直試合前にタイマー機能なんてかなりマイナーなもの調整してなんに使うかと思ったら!」
「……ぐぐ」
「ブラスト・バヨネットの特大反作用をあんな風に使うなんて!慣れてないとあの場でやろうと思わないよ!」
「まぁ、使う予定はそこまでなかったんだが、アルトには見せてなかった技だったからな」
「…………ぐぐぐ」
「正直微妙に賭けに近かったんだが、不意をつかないと押し負けると感じた結果だな。カナに感謝だ」
「ありがとうございます。しかし出来ることを精一杯やっただけです」
「もっかいだ!もっかい!」
煮え切らないような顔をしたアルトがジョウ達に迫った。
「あんなの一回だけだ!もう引っかからねえぞ!」
「しつこいよアルト君!結果は結果だよ」
「…………ぐぐ」
まあ、正直最後まで分の悪い試合だったので、ジョウはアルトに若干同情もしていた。
不意を突いての得点が殆どだったのもある。基礎能力が高いアルトにとってはいつも以上にもどかしい一戦だっただろう。
「まあまあアルト。俺はよく分からんが、お前もかなり凄かったと思うぞ」
安定のなだめ係としてケイが入る。
「弾かれたのにそれを回転切りに繋げたところ、かっこよかったぞ」
「……グランドソードを手負いに当てて倒せてないんだけどな」
「……それは、そうだが…」
なだめるどころかとどめを刺しているじゃないか。
両手持ちの武器は威力重視なものが多く、特にグランドソードは当たりが良ければ90P以上も狙える代物だ。悔しい場面だっただろう。
周りで騒がれているのがかえっていたたまれなくなって、ジョウが切り出す。
「まあアルト、また今度やろうぜ。できればフレンドバトル以外の真剣勝負でな」
「…………当たり前だろ。こんなんで俺が終わってたまるかよ!」
アルトはそのまま言葉を紡ぐ。しかしその顔には笑みがあった。
「――――今日は見事だったぜ。またな」
唖然とする一同を見もせずに、アルトはそのままワープする。
「またな」
ジョウも笑顔でそれに応じた。
「アルト君って、あんな風にも言えるんだね」
「元々ああいうやつだよ、アルトは。ジョウとカナへのライバル心でハイテンションなだけで」
「まあ、それは知ってるよ。でもさっき相当悔しがってたからさ。これからフォローしようと思ってたのに…………」
Dとケイの会話を聞きながらジョウも無言で同意の意を示す。
アルトは闘技について熱いだけで、普段話してみると結構楽しい人柄である。
だから、彼を特別嫌っているような人は『夜空』にはいない。
そもそも、皆がお互いに接して楽しめるそんな『夜空』だからこそ、こうして好き勝手言い合えているのだ。
ジョウが切り出す。
「んじゃ悪いけど、今日はもうこの辺で」
「えー!ジョウ君達までいなくなっちゃ、主役不在じゃん!」
「悪いな」
「まあまあ、まだ早いとはいえ、確かに2人とも疲れてるだろうし」
メンバーのコウがフォローをくれた。
「そうだな、今日はお疲れジョウ、それにカナ」
「ありがとう、ケイ、皆」
と、後ろにいるカナを肘で小突く。
「…………あ……ありがとうございます」
ヒューッと、誰かの口笛が聞こえた。何とも無理やりなコミュニケーションだ。
それでもジョウは満足しつつ、2人は自宅へとワープした。
***
家に着いた2人は、武器の再調整を手早く済ませた後、早めの就寝の支度をしていた。
とはいっても、寝る直前にカナはいなくなるので、一緒に寝るわけではない。
ジョウは自分がベッドで寝ている間、カナがどこにいるのか具体的には知らない。実はカナもジョウが休む時以降よくわからないというのだ。不思議に感じつつもただ何となくジョウは、カナが自分の部屋の近くで休んでいるとは感じており、これまで特に不安視することはなかった。
自然な沈黙を破るように、ジョウはカナに労いの言葉をかける。
「今日はよく頑張ったな、カナ。流石だ」
「ジョウのおかげです」
褒めたところで返事はこうなるのはわかっている。しかしやはり言っておかないと駄目なことだ。
さっきの『夜空』での会話も、本当はカナが中心に立って話すべきであったはずだ。
確かにジョウのサポートも必要で、勝利には欠かせない要素ではある。
しかしやはりそれを使うカナとの連携があってこそであり、実際に戦ったのがカナである以上ジョウはやはりカナに喜んでもらいたかった。
「もうちょっと、テンション上げてもいいんじゃないか?決勝でアルト相手に綺麗に勝てたんだぞ?」
「…………すみません。よく分からないです。とても嬉しくはあります」
「あ、やっぱ嬉しくはあるのか」
「はい、嬉しいです」
「ならよかった」
「?よかったとは、どういった意味でしょうか」
「いやいいんだ」
自分の独り相撲ならそれでいい。と、ジョウは胸をなでおろす。
カナが自分なりに今日の成果を享受しているなら、ジョウからどうこう言うことはない。
ただやはり、その性格はジョウの悩みの一つだ。
「――――何か、やりたいこととかないのか」
「貴方のお役に立てるものです」
「いやそうじゃなくて、こう、欲求とか」
「あなたにお仕えする、という気持ちなら」
「違う違う」
ジョウは悩む。
「そもそもなんで、お前はここまで俺に仕えてくれるんだ?」
「それが私の使命であり、生き甲斐だからです」
間髪入れずに返事が来る。
「ジョウという存在が消えるその時が、私の存在価値が無くなるときです」
「いや、そんなこというなよ」
重い重い。
そこまで言われるとこわい。
ただでさえ女の子をこんな立場に置いている事実に思うところがあるというのに。
「すみません、ジョウにとって私が既に存在価値のないものであるならば、自惚れた発言でした」
「そういう意味じゃない」
そんなことこんな少女の口から言わせたくなかった。
聴いてて辛い。
と、ふと疑問に思う。
存在価値、ね。
「――――存在が消えるとき、ってどんな時だ?」
「すみません、仮定の話なので、私には」
「いや、いいんだ。ただ分からないな、俺らという存在ってなんだろうな」
ふと、ずいぶん前に『死』という言葉が口に出たことがあったことを思い出した。あの時は確か、使い古した武器が修理不可になった時に無意識に出た。ジョウ含めその場の誰もが理解できなかった言葉だ。
情報源の分からない言葉。
一度疑問に思うと溢れるいつもの違和感。
口に出したことはなかったが、ケイ達も感じたことはあるのだろうか。
「――――すみません。私には分かりません。期待に応えられず申し訳ありません」
「いやいや、カナに答えを聞いているわけじゃない。急に悪かった」
何だろう。深く考えることを頭が拒否しているようだ。違和感を打ち消そうと必死になっているもう一人の自分がいる。
「まあいい。寝よう」
と、ジョウはベッドに横になる。
「今日は本当によく頑張った。今度気晴らしにどっか連れてってやる」
「いえ、ジョウこそ、とても助かりました。お休みなさい」
そういって、カナは部屋から出て行った。
そのままジョウは目を閉じる。
次に目を開ければまた明日が来る。
色々考える時間はある。今はとにかく休むことだ。
カナには明日何かプレゼントを買ってやろう。
そう考えつつ、意識は無くなっていった。
しかし、目を覚ましたそこは明日ではなく、暗闇の自室だった。
「………………………………?」
時間にして数十秒もの間、そのまま状況を考える。
しかし、答えは出てこない。
ここは間違いなく自室である。しかし、こんな暗い空間に見覚えはなかった。
「――――なんだよ、これ」
明らかに異常だ。いつもなら目を覚ませばそこは明るい明日であったはずだ。
こんな目覚めは今まで一度もない。
これが、『夜』だとでもいうのか。
「!?」
突如、視界に常に映っていた信号が一斉に赤く変異した。
普段の正常な緑ではない。明らかに初めての現象だ。
少しずつ、息が荒くなる。おぼつかない足でベッドから起きる。
「…………カナ、いるか?」
「はい」
すぐさまカナが転移して現れる。本人に異常はなさそうだ。
カナの表情はいつも通りだが、ジョウはその声から、どことない緊張を感じた。
「どういうことか、わかるか」
「すみません」
聞くまでもない。
焦りながら、いつものようなワープを試みる。だが、
「なにもできん。異常だらけだ」
「どうしますか――――」
その時、
「――――ジョウ!」
すぐには誰の声か分からなかった。
遅れて、他でもないカナがそのらしくもない大声を発した事に気づき、気が動転する。
「な、なんだ――」
「右腕が!」
示されるままに自分の体を見る。
――――それはまるで砂、あるいは支えの無くなった積み木であるかのように、ジョウの右腕が崩れていた。
「――――ッ!?」
声を上げる間もないほどの速さで崩壊は続く。
右腕はもう肘下は無く、右足にもその傾向が見られる。
「ジョウ!ジョウ!!」
見たことのない表情をしているカナの叫び声もむなしく、ジョウは唖然としたまま既に体の半分を失った。
この瞬間、ジョウの頭に駆けたものは走馬燈と言うには偏った内容であった。
――――消滅。これが、存在が消える事なのか?先ほどの会話が頭でループする。
なぜ?なぜ今なのか。
次に、ケイの失踪事件という言葉がよぎる。コミュニティメンバーが音沙汰も無くいなくなっている。それと関係があるのだろうか。
しかし考える暇などなかった。
カナの声が遠くなっていく。既に身体の9割以上消えた。
何とも突然の終焉だ。
「ジョウ……行…………でくだ……!」
「――――悪い、カナ」
視界がブツッと音を立てて消え、真の暗闇となったと同時、意識も途絶えた。
そして。
目を開けると、そこはまた暗闇であった。
しかし今度は自分の部屋ではない。
全く見覚えのない、異色の部屋。自分の知るどれとも違う。
そしてジョウは自分の体が五体満足にあることに遅れて気づく。消滅したのではないのか。
様々な疑問が溢れる間もなく、声が正面から聞こえた。
「…………ジョウ、なのか」
ここでジョウはやっと、目の前に男――――白神譲が立っていることに気づいたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
以上がこの作品の実質的なプロローグです。ここから頑張ります。