いつの間にか春になって 1982年3月10日号掲載
新浜だより(行徳新聞再録) 1982年3月10日号掲載
いつの間にか春になって
朝の光を浴びて、スズメたちがにぎやかに鳴きかわしている。チリ―、チョッ、チョッと三拍子の声は、スズメのさえずりー愛の歌にあたる。頭をぐっとそらし、尾を上げた独特のポーズで、意中の彼女の前で歌っている。気の早いカップルはせっせと巣箱に枯草や羽を運びこみ、巣作りに余念がない。
すぐ裏の竹やぶでは、モズが巣を作っているらしい。竹やぶを育てはじめてから六年目、キジバトは二、三年前から巣をかけていたが、モズの営巣は初めてのことだ。秋のなわばり争いのけたたましさにくらべて、春先の巣作りは目につきにくい。
二月なかばごろから、庭先でモズの姿をよく見るようになった。ひっそりと木の枝や垣根にとまっている。気をつけていると、いつの間にか竹やぶの方に戻る。モズは他の鳥にさきがけて、二月から三月に産卵するとのこと。もうそろそろヒナがかえっているのかも知れない。まだ巣のある場所はわからないが、そっと見守って行くつもり。
昨年の夏にヒナから育てたカルガモのうち、二十羽余りはいまだに観察舎のまわりに落ちついている。人通りが少ない午前中は、前の道路でひなたぼっこをしたり、ガガガと鳴きながら、求愛のような仕草を見せたり。庭のえさ入れで、鶏がひと通りの食事を終えたころを見はからって、ぞろぞろと入ってきては、ワシワシと音を立てて餌をすすり込む。どれもつやつやとよくふとって、野生の同僚にひけをとらない。人が見ていても平気な顔をしているが、ちょっと手を出そうものならバサバサと飛び立ち、竹垣を楽々と越えて逃げて行ってしまう。やがてこの連中もどこかでヒナをかえすことだろうが、ふかふかした愛くるしいヒナたちを私たちの前に連れてきてくれるだろうかーまるで孫を待つような気分。
堤防に群れていたカモメたちが一斉に舞い上がったので、はっとする間もなく、すぐ目の前を飛んで行くタカの姿に気づいた。セグロカモメより小さく、くっきりと白い腰を見るまでもなくハイイロチュウヒだとわかった。雄の成鳥は全身灰色で翼端が黒いスマートなタカだが、この付近で見られるのはほとんどが雌か若鳥タイプで、地味な黄褐色をしている。毎日のように見られているチュウヒは、悠々とあたりをはらうアシ原の王者といった風情なのに対し、ハイイロチュウヒは単身なぐりこみをかける闘士のようで、小柄な体にもかかわらず、チュウヒよりはるかに荒々しい。
あわてふためいて舞い上がった「うちのカルガモ」に向かって、ハイイロチュウヒはいきなり身をひるがえして襲いかかった。あぶない、と思った瞬間、かろうじて身をかわしたカルガモは、住宅地の方へ逃げて行き、すぐ下にいたコサギが驚いたはずみに水路に落ちて、ほうほうの態で水から上がるのが見えた。ハイイロチュウヒはUFO島の方向に向かい、岸に群れた鴨が散りぢりに舞い上がっている。ひとしきり、カモやカモメをおどかしたところで、ハイイロチュウヒはから手のまま姿を消した。
はやばやと東京湾に出て行ったスズガモの大群に続き、四月の中旬ごろにはカモもカモメもタカも北を目指して渡去して行くことだろう。
夕闇のせまる中、郵便局へと向かう道で、コウモリをいくつも見た。長い冬眠から覚めたのがうれしいように、くるくると舞っている。郵便局で順番を待っていると、前の人の白いジャンパーに蚊が一匹とまったのに気づいた。季節の変わり目のはやさよ。