夏は来ぬ 1987年6月19日号掲載
新浜だより(行徳新聞掲載) 1987年6月19日
夏は来ぬ
さわやかな芳香を漂わせていたノイバラやスイカズラの花が終わって、今はまっ白なウツギの花ざかり。
この花を見ると、思わず「夏は来ぬ」の歌を口ずさんでしまう。「卯の花の匂う垣根に、ホトトギス早も来鳴きて‥‥」 中学のころ、高尾山でホトトギスの声を聞きながら、道端のウツギの花を見て感激したことを思い出す。それにしても、卯の花に香りがないのは残念だ。
春の渡りが終わり、一年で一番見られる鳥が少ない季節に入った。若いカワウの群れだけが目立つ。それにひきかえ、野鳥病院の方は年一番の大にぎわいで、毎年のことながら、てんてこ舞いの大騒ぎになっている。強い南風が吹くたびに、陸に吹き寄せられたハシボソミズナギドリが入院するし、道路を横断しそこねて親鳥とはぐれたいたいけなカルガモのヒナも次々に持ち込まれる。
今年はムクドリの入院が多く、先週などは部屋に入るたびに大きな口を開けて鳴き立てる十羽のムクドリの子にかこまれて、いい加減ノイローゼになりそうだった。今週はそれに代わって、独立をめざして室内特訓中の五羽の子ツバメとシジュウカラの子が一羽、チイチイ鳴きながら飛んできて、しつこく餌をねだるようになった。でも幸いなことに、この連中はムクドリのような迫力や声量に欠けるので、ずっとかわいらしい。
入院の理由は様々だが、ムクドリの場合は戸袋や天井裏でヒナをかえすため、うるさがられて巣ごと放り出されたという例が少なくない。育児期間はせいぜい三週間、大声で餌をねだるのはそのうちの十日ほど。あとちょっとで巣立ったのに、と思われる残念な例がいくつもあった。
ムクドリの店子をかかえた大家さん、少々柄の悪い借主にへきえきされるかも知れませんが、縁起もよいことですし、どうぞ今少し多めに見てやってくださいませ。
五月闇 ほたる飛び交い
くいな鳴き 卯の花咲きて
早苗植えわたす 夏は来ぬ
ひと昔、いや、二十年前の行徳の眺めそのままのような歌詞だ。この中で今も残るのは卯の花だけ。ほたるも闇も、早苗を植えわたした水田さえ姿を消してしまった。ところが五月二十七の夜遅く、犬の散歩に出た主人が「ヒクイナが鳴いてたよ。」とうれしそうに帰ってきた。観察舎の駐車場の前、昔の舟だまりの跡で、「欠真間三角」と勝手に呼んでいる湿地の中だそうだ。急ぎの手紙を出しに行く道すがら、澄みきったうつくしいヒクイナの声にしばらく聞きほれていた。キョッ、キョッという高い声は、セブンイレブンの近くでもまだ聞こえていた。
残って巣を作るかと期待したのだが、翌晩にはもう聞かれなかった。渡りの途中だったのだろう。




