クロトキ君こんにちは 1984年9月14日号掲載
クロトキ君こんにちは
八月三十一日(金)の夕方、ハトのヒナに餌をやりながら何気なく目を上げると、干潟の水ぎわに白い鳥がおりているのが見えた。二羽。見慣れたコサギやダイサギにしてはどうも様子がおかしい。背中を丸めた姿勢といい、嘴を水にひたしている様子といい、気になってたまらず、ピイピイ鳴くハトの子に最後の何口かの餌をつめ込もうと焦っていると、観察室から首を出した主人が「クロトキだ」とどなった。あわてて望遠鏡にとびついたとたん、ドカーンという爆発音。ここのところ連日耳にする正体不明の怪音である。あたりの鳥は一斉に舞い上がり、散りぢりになったシギの群や紙吹雪のようなウミネコの群にまじって、二羽のクロトキも飛びたった。まっすぐに首をのばし、黒い頭と曲がった嘴を見せて、ぐんぐん行徳高校の方へ飛んで行く。やがて向きをかえ、湾岸道路から千鳥橋の方へと大きく弧を描くと、再び観察舎の前へさしかかった。若鳥の特徴である白い羽の残るうなじと翼端の黒がはっきり見える。黒い足に足環がついている。下りている時には青いカラーリングが見えたというが一羽の足に赤い色がちらりと光った。二羽とも複数のリングつき、両足にリング‥‥‥ここまでは見られたものの、二羽のクロトキはついに下りることなく、何回か上空を旋回した後、西へ向かって姿を消した。
多摩動物公園のものだろうということはすぐ見当がついた。もう何年も前からクロトキなどの繁殖に力を入れている同園では、若鳥の翼を切らずに野外へ放す計画を進めている。クロトキはかつて日本でも繁殖していたと言われているが、現在ではほとんど姿が見られない。減少した動物を飼育下でふやし、元の生息地へ戻す試みは、欧米の動物園では大切な事業の一つだが、日本ではほとんど行われていない。それだけに多摩動物公園の計画には当初から興味があった。
翌朝、さっそく多摩動物公園に電話してみた。昨年、五羽の若鳥に動物園の足環、環境庁の標識リング、それに赤、緑、オレンジ、黄、白のカラーリングをそれぞれにつけて放飼にしたところ、この春に黄と白が姿を消し、残る三羽はこの朝同園内にいるとのこと。前日の二羽は、このうちの赤と緑である可能性が高い。リングの確認が十分にできなかったのが残念だが、もしそうであるなら、この二羽は多摩からほぼ真東に向って五十キロ近い行程を飛び、おそらくその日のうちに戻ったということになる。かごの鳥育ちとしてはりっぱなものだ。飼育担当の小宮さんと主人は、電話口でしきりに感心していた。
ちなみに三十一日は清掃休館日。クロトキの目撃者はほとんどおらず、動物園以外には連絡もしていないのに、翌日、翌々日ともクロトキについての問い合わせが相次ぎ、情報の早さに驚いた。




