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新浜だより 行徳新聞掲載再録  作者: 蓮尾純子(はすおすみこ)
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早春賦 1981年3月20日号掲載 

欠号分が見つかれば、その都度追加してゆきます。

新浜だより(行徳新聞再録) 1981年3月20日号掲載


早春賦


「今年はツルシギはまだ来ていないんですか?」

「まだ誰も見てないらしいんです。半月前に来ててもいいんだけど。もし今日見つけられたら初認になると思います。」

「じゃ、蓮田の方に行ってがんばって探してみます。」

 行徳の春告げ鳥―旅鳥第一陣のツルシギが、枯色の田んぼの中で、朱色の脚を際立たせながら、せわしく餌を漁っている姿は、ふつうは二月半ばから末には初認される。春一番の風とともに、一時に春を運んでくれるような鳥だ。今年は三月の十日をすぎてもまだツルシギのニュースが聞かれない。しかし、あたりは日ましに春めいてきた。早春に沿った点景をいくつかご紹介したい。


   一月二十二日

「きのうね、庭に出たら何がいたと思う?何とヒキガエルなの。枯葉のところで、背中に泥をいっぱいつけて、のそっとしててね、びっくりして見たら、人の顔をぼやあっと見上げてるの。こごえちゃったら気の毒だから、土をちょっと掘って入れてやって、上に枯葉を厚くかけておいた。もう少し眠っておいでってね。」

 中野区の主人の実家にて。

   一月二十四日

 くもり空のもと、暖房のきいた室内から出ると、風が骨までしみとおりそうに冷たい。身を縮めて小走りにかけ過ぎる途中、足もとにちらっと青いものが見えた。立ち止まって下を見ると、霜に焼けて赤っぽくなったオオイヌノフグリの葉の中に、一輪だけ小さな花がついている。日が出ていないため花はつぼんでいるが、前の日には開花していたに違いない。青い星のような、春の空を切り抜いてこしらえたカップのような、大好きな早春の花。

   二月十九日

 禽舎の世話をはじめようとして外に出た途端、ヒバリの囀りに気づいた。冷えびえとしたくもり空を暖めるように、はじけるような陽気な歌声をひびかせている。今年初めて聞く囀りだ。すぐ前のUFО島の枯草の間から舞い上がったらしく、あまり高く上がらずに歌い続けている。ヒバリはほんの四、五分で囀りおさめたが、あたりの光景が光と活気でにわかに塗りかえられたような気がした。

   二月二十二日

 カモたちの求愛ダンスは一月上旬から始まっているが、この日は猟期も終わり、スズガモがぐっと減ったためか、ひときわ熱心な求愛の様子が見られた。のんびりと眠っているカモの群れの中で、動くものにレンズを向けると、必ずと言ってよいほどこのダンスが目につく。羽色の鮮やかな雄が何羽か集まって、一、二羽の雌のまわりをとりまき、おじぎのように軽く頭を上下させている。やがて一羽が嘴を胸にひきつけてのび上がり、続いて尾を上げる。やや間をおいてこの動作をくり返す。時には何羽かが同時にダンスをしている。雌は時々軽くおじぎするだけだが、まわりの求婚者たちは熱烈な求愛動作をくり返す。あちこちに求婚者たちの小さなグループが見られ、オナガガモとコガモは特に動作が派手で、見ていてあきなかった。やがて北へ旅立つころには、カモ達のほとんどはつれ合いを見つけているのだろうか。

   二月二十八日

 水路のアシの中でチャッチャッと舌打ちのような笹鳴きをしていたウグイスが、キョッ、キョコと二、三声試してみてから、ホー、ホケ、ホキョ、と歌いはじめた。練習不足らしく、まだ本調子にはならないようだ。これから四月下旬まで、やぶやアシ原などでウグイスの囀りが聞かれるようになる。

   三月三日

 郵便局へと自転車を走らせながらふと見ると、垂れ下がったヤナギの枝が、一種形容しがたい黄緑色のつやを帯びているのに気づいた。芽が動きはじめたことを示す色である。学生時代、通学の電車の窓から眺めるヤナギの枝が、ある日突然春の色にかわる。ちょうど期末試験のころである。それから一週間もしないうちに芽がぽつぽつと細い枝先につき出してくるのだった。ヤナギの枝の春の色は、花開く春への前奏曲のように見えた。

   三月五日

「今日コチドリがいたのよ。もうばっちり見ちゃったんだから。」

 雑務担当の宮島さんは喜色満面である。今年の夏鳥第一号。越冬は東南アジア方面だろうか。やさしい顔をしたシロチドリに比べて、ぱっちりした目ぶちの黄色と、真っ黒な首輪模様が鮮やかである。ツバメが戻る日も近い。


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