どぶ川とセイタカシギ 1983年1月21日号掲載
どぶ川とセイタカシギ
ケレッ、ケレッという耳慣れた声に外を見ると、セイタカシギが一羽、すぐ前の水路におりているのが見えた。この水路でセイタカシギを見るのは何年ぶりのことだろう。
雨天に備えて水を落とした水路は、真っ黒に変色した底の泥がむき出しになって、見るからにどぶ川そのものという状態である。そのどぶ泥の中にセイタカシギがいる。すらりと長いさんご色の脚を優雅に運びながら、細いくちばしでしきりに餌を漁っている。純白の下面に緑黒色の背、頭からうなじにかけて灰黒色、望遠鏡にうつった大きな目は、虹彩が赤褐色なので、ずいぶんきつい顔つきに見える。一月十日朝のことだった。
行徳でセイタカシギを見かけるのは、今でこそさほど稀ではないが、十五年前には憧れの珍鳥の一つで、年に一度でも見られれば運がよいと言われたものだった。十年ほど前、愛知県の鍋田干拓地で日本初の繁殖が記録されたことから、各地でセイタカシギが目につくようになった。それでも行徳での越冬は、七五~七六年にかけて、私たちが観察舎に越してきた冬が最初だったようだ。
関東初のセイタカシギの繁殖が京葉港の埋立地で記録された七八年ごろには、新浜鴨場や妙典の蓮田なので、ほとんど一年中セイタカシギが見られるようになった。そして八〇年五月、日乃出町に面した鴨場の沼沢地、通称“北池”で、初めてヒナが発見された。以来三年続けて鴨場で二~四つがいが営巣し、ヒナを育てている。鍋田での繁殖状況がよくわからないが、新浜鴨場は現時点では日本唯一のセイタカシギ繁殖地にあたるのかも知れない。
鴨場正門脇に三角形に残されたかつての舟だまりの跡は、家庭廃水の流入ですかり汚れてしまったが、四、五年前まではセイタカシギがよく餌をとりにきていた。常連どもが“欠真間三角”と呼んでいるこの場所は、コガモなどの餌場になっており、春になるとヒメガマのしげみの中でバンやヨシゴイが巣をかけている。十二月末ごろから、久しぶりにセイタカシギが姿を見せるようになった。コサギやダイサギも、鴨場の排水ポンプの出口のところで餌を探している。道を隔てた鴨場側の水路は、廃水の流入がないために小魚が多いらしく、今冬は毎日のようにカワセミの姿が見られている。この冬は雨が多かったためか、それとも下水処理場が稼働を始めたためか、どぶ川にも餌となる生きものが少しは戻ってきたような気がする。
昨秋、保護区各所の水質を調べてもらった時、この水路は典型的な家庭廃水路―どぶの状態という予想通りの結果が出た。炊事の水ならまだしも、浄化槽の上澄みはし尿をうめたようなものだから、水路が汚れるのは無理もない。しかし、面白いことにBOD(生物学的酸素要求量―数値が低いほど水質がよい)の値だけは、真間川や境川などよりもかなり低かった。上手にある欠真間三角の浅瀬のおかげで酸素が供給され、汚水が浄化されてるのではないかとのことだった。さほど広いわけでもなし、見るからに汚れきった泥底があるだけなのに、水質によい影響が出ると聞いてびっくりしたものだ。
何年先のことかはわからないが、下水道の整備とともに、ボラの子やメダカが水面にさざなみを立てるような川がよみがえってくれるだろうか。今冬になって戻ってきたセイタカシギやカワセミの姿に、将来への希望をつなげたい。深く浚渫され、痛ましい水死事故を起こした排水路のような死んだ川にされることだけは避けたい。
幼稚な疑問。下水道の整備にともない、各家庭の浄化槽は撤去されるはずだ。しかし、浄化槽をそのままにして、そこからの排水を下水に流した方が、処理場の負担は少ないのではないだろうか。維持管理の手間と費用をかけても、水質浄化に役立つような気がしてならない。識者のご教示をいただければ幸いである。




