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新浜だより 行徳新聞掲載再録  作者: 蓮尾純子(はすおすみこ)
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四百くんというスズメ 1982年6月18日号掲載   

新浜だより(行徳新聞再録) 1982年6月18日号掲載


   「四百くん」というスズメ


 五月二十三日の夕方、研究室(旧観察舎)の窓から外を見ていた行徳小六年の原君が、「あーっ、白鳥がスズメを食べちゃった。」と叫ぶなり、ドタドタと階段をかけ下りて行った。あわてて見ると、若い白鳥が餌場の水入れの中でもがいているスズメにかみつこうとしている。かけつけた原君たちに救助されたスズメの子は、ドライヤーでかわかされてもまだ茫然としていた。けがはなさそうだが、ひと晩様子を見ることにして、とりあえず「病室」のかごに収容した。菜食主義の上、動作も遅い白鳥にかみつかれるとは、よくよく間の抜けた鳥だというのが、皆の一致した意見だった。

 翌朝、環境庁の足環をつけてから餌をやろうとした途端、スズメの子はさっと手をすりぬけて、部屋の隅にもぐりこんでしまった。翼をくじいたらしく、ちゃんと飛べないようだが、どこへ隠れたかさっぱりわからない。

 それからたっぷり二時間というもの、神経をすり減らすような鬼ごっこが続いた。わが研究室兼野鳥病院は、お世辞にも整然たる状態とは言いがたい。入り口の脇には飼料袋が小山をなし、黒板の後には椅子や机、調査用品が入ったケースやトランク、四つ手網、ポリビン、船外機、古いパネル等がごちゃごちゃと積み上げられて、スズメの隠れ場所ははいて捨てるほどある。ちらっと見えた尾羽を追って、飼料袋を一つ一つどけていると、さっと飛び出した影が足の間をくぐって冷蔵庫の後に隠れた。かよわい小鳥を押しつぶさないように、細心の注意を払って冷蔵庫を動かしていると、ちょろりと出てきたスズメが机の下を通ってどこかに消えてしまった。仕方なく作戦を変更し、静かに机に向かって他の入院患者どもの強制給餌を続けながら、全神経を耳に集めてスズメの動きを待つ。小一時間の後、かすかに聞こえた羽音と足音を頼りに、やっとスズメの居所をつきとめ、主人の助けを借りて、二人がかりでとりおさえた。もう午前は半ばをすぎていた。

 以来、この「四百くん」―足環番号が030―七五四〇〇だったためーは私の恐怖の的となった。「白鳥につかまった間抜け」のはずだったのに、実に賢いのである。一般に入院中の小鳥のヒナは、自力で餌をとるまでの間は一日少なくとも六、七回、無理にでも食べさせる必要がある。かごに手を入れて捕えようとすると、他のスズメどもはバタバタさわぐので、難なくとりおさえることができる。ところが「四百くん」は人の手が届かないすみっこにじっと身を伏せてうごかない。いざ、指が触れるという段階になると、ぱっと入口に突進してかごから逃げ出してしまう。再び大捕り物のはじまりである。

 「四百くん」は自分が満足に飛べないことを十分承知していた。決して広い所に出ず、せまいすき間にもぐり込む。二センチのはばがあれば、猛スピードですり抜けて行くし、一センチのすき間にも入ることができる。かくて、四百くんの捕物のため、室内の家具や雑物類は、ほとんど全部動かされる羽目になった。一緒に大掃除をしてしまうことができれば、研究室もさぞこざっぱりと片付いただろうにーあいにく捕物が優先、捕えて餌をやらなくては、四百くんのミイラができてしまうーまあ、隅々にたまったホコリの幾分かは減ったはずだ。

 こうした神経衰弱ゲームを日に二度、三度とくり返していると、猫を借りて手伝ってもらおうとか、ゴキブリたたき(ハエたたきより丈夫でピンセット付)で叩き落してみようとか、色々と物騒なアイデアが浮かんでくる。あいにく実行に移せなかったので、とばっちりは息子がぜんぶ引き受ける羽目にー「何やってるの、早く宿題やりなさいっ!」

 聞くも涙、語るも涙、という日々が約一週間。四百くんは自力で餌を食べるようになり、くじいた翼も回復して、六月十日には晴れて放鳥することができた。この日の喜びは筆舌に尽くせない。その後、まだ幸いこれに勝る悪らつなスズメは入院してこない。四百くんの示した冷静沈着明敏活発なる行動力こそ、スズメ族を今日の繁栄に導いたものだ、と私は一人で有難がっているのだが、主人の説によれば、要するに私がドジでマヌケで動作の鈍るトシなのだ、という結論であり、反論の余地がまだ見つからない。クヤシイ! 



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