食欲の秋VS胃
食欲の秋。
それは人にとって幸福な季節だが、胃にとっては大変な季節である。
ここにそんな食欲の秋に立ち向かう一人の胃が居た。
「く、また油ものか!」
大量に投下された揚げものに胃は顔を険しくする。
ここの所毎日である。
昨日は焼肉で会った。その前の日は中華だった。更にその前の日は背油たっぷりの豚骨ラーメンだっただろうか。
どうやら今日は串カツを食べるようだ。
ここ最近ご主人様は飲み会や食べ歩きを繰り返している。
まったく食欲の秋とはよく言ったものだ。
「き、きたな」
程なくして、大量のビールが降ってくる。
やっぱり今日も飲み会のようだ。
ビールの炭酸がちくちくと胃壁を刺激し、その水分が胃酸を薄めてしまうので消化が大変になる。しかも、相手は最大の敵の一人である揚げ物である。
だが、胃は今日もそんな逆境にめげる事なく健気に食べ物を消化するのだ。
「ちっ、しょうがねぇな。今日も分解してやるよ。ご主人様」
胃は気合を入れなおすと、消化液の分泌を開始する。
消化しても消化しても降ってくる串カツ。豚肉の次はうずらの卵、その次はたまねぎ、つくね、秋刀魚、ビール、ビール、ビール、ビール、ビール。
「ごぼごぼ、なんてハイペースなんだ」
今日のペースは異常だった。よっぽど盛り上がっているのだろう。
ビールに溺れながらも懸命に胃酸を分泌して消化を進めるが、ビールよって薄まった胃酸では満足に消化する事が出来ない。
そして日々の疲れがここに来て祟ってきていた。
「胃くん、あなた疲れてるのよ。ちゃんと休んだ方がいいわ」
その時、胃は小腸さんとの会話を思い出していた。
「でも、俺が休んだら今度は小腸さんが大変な事に」
「私の事は気にしないで、それよりも胃くんの事が心配なの」
「小腸さん……」
「それに大腸君はとってもたくましいから大丈夫よ」
くそ、大腸め。俺の小腸さんをたぶらかしやがって。
いや、そんな事を考えている場合ではなかった。胃がここで倒れたら負担は小腸さんに行ってしまうのだ。なんとしても消化をしなければ。
だが、今日ばかりはもう駄目だった。限界である。
ここまでか……。
胃がそう思った時であった。
なんと胃薬が降ってきたのである。
「こ、これは。まさかご主人様俺の事を心配して」
胃はときめいた。胃は単純な男であった。
「うおおおおお! やってやるぜぇえええ!」
胃は叫ぶと大量の胃酸を分泌する。それはそれまでの胃酸とは比べ物にならない量であった。まだ胃にこんな力が残っていたなんて。胃は瞬く間に胃の中にあった揚げ物を全て消化しきっていた。
「はぁはぁ、や、やったぜ」
胃が荒い息をつきながら、勝利の余韻に浸っている。
しかし、次の瞬間であった。
今度は大量の生クリームが降ってきたのだ。
どうやら食後にデザートにパフェを食べているようだ。
更にケーキ、アイス、コーンフレークがどさどさと降ってくる。
「うおおおお、まだまだだぁああああああ!」
胃の戦いはまだ終わらない。
食欲の秋。
それは戦闘の季節。
今日も戦場〈胃の中〉は(消化の為に集められた血液によって)紅に染まる。