51 ルビコン川を渡っちゃうけど、いいのかよ
再びグラグラッと揺れが来た。さっきより大きいようだ。
もう時間はない。おれは悩むのを止めた。シーザーだって、結局ルビコン川を渡ったのだ。
「モフモフたちがどう考えているのか、本当のところはわからないが、おれ個人の意見は決まっている」
「よし、それを言ってくれ。さあ!」
おれは大きく深呼吸した。
「ドラードに金は必要ない」
「いいのか、本当に? 六垓円だぞ!」
ワザとなのか、ドッペルは意地悪く訊いてくる。
「六垓あって、あ、いや、百害あって一利なし、だ。今、モフモフたちは、ほとんど金を利用せずに幸せに暮らしている。無くなったからといって、特に困ることもないだろう。逆に、アルキメデス航法の壁がなくなり、金が自由に輸出できるようになれば、どんな状況になるかは火を見るよりも明らかだ。確かに、ダムの決壊は、手のひらでは止められないよ」
ドッペルは満足げに笑った。
「ありがとう。実はおれもそう思ってる。しかし、おれが決めてしまうのは、やはり過干渉というものだ。それでは、第三者の意見が聞けたところで、一応、みんなの意見も聞いてみよう」
そう言ってドッペルがパチンと指を鳴らすと、空中にスクリーンのようなものが現れた。そこに映し出されたのは、あの荒川氏の会議室だった。
いつもと違うのは、見ている方向が逆に奥側からであることと、七つの席に座っているのが全てドラード人であることだ。その中には、あのシルバーバックことグリグリの姿もあった。となると、他の六人もドラード人の長老だろう。
「え? どゆこと?」
「あの部屋にホワイトボードがあっただろう。匿名でおれが寄付したものだ。実は、超次元通信機をセットしてある。それで密かに情報を集めていたのだ。今は逆にこちらの情報を流している。きみたちの亜空間通信を遮断する前、荒川氏に長老全員を集めてもらうように頼んだ。きみとの会話は、全て聞いていたはずだ。念のため、異論がないか、訊いてみよう。長老諸君、中野くんの意見は聞いたとおりだ。反対意見はあるかい?」
恐らく、ずっと話し合っていたのだろう、代表してグリグリが答えた。
『わしら守旧派は無論のこと、文明開化派の長老もおまえ、いや、中野くんの意見に賛成だ。文明化するにしても、ゆっくり時間を掛けるべき、ということだ。失われる金銭的価値については、元々なかったものだから、と考えておる。形だけとはいえ大統領であるモフモフにも意見を求めたが、わしらと同じ考えであった。念のため、森の精霊にも尋ねてみたが、コミットする立場ではない、との回答であったよ』
荒川さんたちの意見はどうなのか気になったが、森の精霊でさえ部外者という立ち位置ならば、地球人は言わずもがな、なのだろう。だったら、おれはどうなの?
「おれの意見を受け入れてもらって嬉しいんだけど、本当にそれでいいの?」
『勿論だ。共に常世の実のスープを酌み交わした仲ではないか。わしらは、友人の意見には耳を傾けるし、それが正しければ従うこともやぶさかではない』
おれはちょっとジンと来てしまった。騙すようにして逃げてしまったのが申し訳ない気持ちだ。
だが、感傷に浸っている場合ではなかった。次の大きな揺れが来て、転びそうになったのだ。
ドッペルがおれの腕を掴み、助け起こしてくれた。
「さあ、では始めよう! 中野くん、この赤いボタンを押してくれ!」
差し出されたのが、金を土に変えるプログラムの起動ボタンのようだ。
おれはもう一度グリグリを見た。黙って頷いている。
「よし、じゃあいくよ。ポチッとな!」
同時に、立っていられないほど揺れが強くなった。
ドッペルがまるで揺れないので変だなと思って見たら、足が床から浮いていた。ズルイよー。
「中野くん。おれはまだ作業があるから残るが、きみは早く逃げてくれ!」
「言われなくても、すぐに逃げるさ。河童スーツ、装着!」
装着が終わったところで、プライデーZのスプリングをグイッグイッと二回引いた。すぐにスプリングが引っ張られる。
おれはドッペルに「後は頼んだぞ!」と声を掛けたが、返事を聞く間もなく、猛烈なスピードで船外に引き摺り出された。
《プライデーZ、少しは手加減しろよーっ!》
しかし、プライデーZが急ぐ理由はすぐにわかった。黄金神殿の乗っている元々島だった一枚岩に、無数のヒビ割れが走っている。これはヤバイ。
《プライデーZ、手加減するなーっ! 全力で引っ張れーっ!》
《どっちなんですか、ボス?》
《引っ張れ!》
《アイアイサー!》
ドンという腹に響く衝撃と共に、ついに一枚岩はバラバラに砕け、自然の魚雷となって、一斉に飛び出した。
「わあっ、やべえええええ~っ!」




