50 そんなに畳みかけないでくれよ
「ええええーっ、なんでおれなんだよーっ!」
当然の如く驚いたおれに、ドッペルは当たり前のような顔で答えた。
「きみが、利害関係のない第三者だからさ」
「いやいや、利害あるって。ドラード人のモフモフだって、オランチュラのチャッピーだって、みんな友達だし」
「少なくとも、きみの師匠である荒川氏や、セレブの黒田夫妻よりは、自由な立場だろう?」
「そりゃそうだけど、そんな何億円もする黄金をどうこうするような話、おれに言われても困るよ!」
ドッペルは、呆れたように首を振った。
「何を言ってるんだ、きみは。桁が違うよ、桁が」
「えっ、何兆円?」
「いやいや」
「ええと、その上は何京円?」
「いやいやいや、その上さ」
「うーん、何、何、何だっけ? おれは数字に弱いんだよ」
「垓だ。おれの計算では、日本円で凡そ六垓円だ」
「うーん、六垓なんて、論外だ。あ、いや、ダジャレじゃなくて」
ドッペルはおれの顔で軽蔑したような表情をした。なんてイヤな顔だ、おれの顔だけど。
「まあ、勿論、これは現在のレートで換算した場合だ。もし、これだけの量の金が惑星連合市場に出回ってしまえば、値崩れしてしまって、というより、市場原理そのものが崩壊するだろうがね。そうなれば、宇宙大恐慌だ」
「おいおい、オーバーなことを言うなよ」
ドッペルはちょっと真面目な顔になった。
「残念だけど、少しもオーバーじゃないよ。だからこそ、きみたちの言うアルキメデス航法の壁が破られて普通に金が輸出される前から、各惑星の外交官がこんな片田舎に押し寄せて来ているんじゃないか。しかも、壁が破られるのは時間の問題だ。まさに史上空前の、超ゴールドラッシュが起きるよ」
「でもでも、そうならないように、荒川さんたちが輸出量を制限するための会社を作ったじゃないか」
「現実問題として、ダムの水漏れを手のひらで止めるような、そんなことが本当にできると、きみは思うのかい?」
そう言われると、困ってしまう。おれはオランダの少年ではなく、単なる三流大学生で、専攻だって経済学じゃないのだ。
ちなみに、あのオランダの少年の話は、フィクションらしいけど。
「うーん、おれにはわかんないよ。そのわかんないおれに、どうやって決めろっていうんだ?」
ドッペルはまたニヤリと笑った。ホントにイヤな笑い方だ。おれの笑い方だけど。
「きみの直観でいいよ」
「無理だよ。っていうか、どうしてそんなにおれに決めさせたがるんだよ。こんなの、とても責任取れないよ」
ドッペルはまた真顔になった。
「考えてみてくれ。今ある莫大な黄金は、元々この惑星にあったものではない。かつて、おれのマスターがここに着陸し、ここで死んでしまったために、偶然に齎されたものだ。その当事者である科学者は、今はドライドンとなってここを守ってくれているが、とっくに知性は失っている。彼の発明を散々利用したオランチュラたちは、あまりの犠牲の大きさを後悔し、自ら知性を捨てた。彼らの後継者であるマムスター、すなわち、現在のドラード人にとっては、自分たちの知らない過去の遺物に過ぎない。それに、文明に関する知識もまだまだ足りない。一方、荒川氏や黒田夫妻は、現在の星連や地球政府と深い関わりを持っている人物だ。と、なれば、公平な立場で考えられる第三者は、きみしかいないじゃないか」
「うーん、そう言われても、なあ」
おれは悩んだ。こんなに悩んだのは、小学生の頃、夏休みの宿題を全くやらずに、八月三十一日を迎えた時以来だ。
恐らく、自分でも答えは、もうわかっているのだ。ただ、あまりにも責任重大過ぎて、決断がつかないのだ。
そうだ、一応、訊いてみようか。
「念のために確認するけど、全部じゃなくて少しだけ、例えば、十億円分だけ金のまま残してもらうとか、できない?」
ドッペルは、あっさり首を振った。
「無理だ。何千年もかけて世界線を分析したんだ。一部だけ解除することはできない。オール・オア・ナッシングだ」
「それなら……」
おれがファイナルアンサーを言おうとした時、黄金神殿である宇宙船がグラグラッと大きく揺れた。続いて、ゴーン、ゴーンという音が遥か下の方から響いて来た。
「え? なに? 地震か?」
動揺するおれに、ドッペルは肩を竦めてみせた。
「タイムアップだ。間もなく湖底の火山が噴火する。さあ、今すぐ、決めてくれ!」




