49 そんなことおれに言われても、困るよ
「ええっ! てことは、ドライドンは一万歳以上ってことか!」
話の腰を折ってはいけないと黙って聞いていたが、さすがに声が出た。
「そうなるね。もっとも、おれのマスターはもっと長生きで、亡くなる前に十万九十九歳って自慢していたよ」
うーん、どこかで聞いたような話だ。しかし、今はそれどころじゃない。
「話を遮ってすまない。それで、ドライドンになった科学者とは和解したのか?」
「まあね。最初のうち科学者を憎んでいたおれも、共に過ごす時間が千年を超えた辺りから仲間意識が芽生えて来て、何とか願いを叶えてやろうと協力するようになった。そのためにあらゆる情報を収集しようと、超次元通信網も作った。アニメを観るのは、その役得さ」
「で、結局、金を元に戻す方法は見つかったのか?」
ドッペルは悩まし気に、「一応ね」と答えた。
「技術的には解決したよ。まず、元々あった金には影響がないように、地道に世界線(=時間と空間の中でその物が動いた軌跡)を解析した」
「え? どうして?」
「金歯が金以外のものになっちゃ困る、というのは冗談だが、一番の問題はコンピューターさ。CPU(=中央情報処理装置)はともかく、基盤には結構金を使ってるからね。それに、ドラードにだって金の鉱脈があるかもしれないし、それまで変換してしまうのは、過干渉になる。つまり、元素転換機によって創られた金のみを対象にしなければならないんだ。これには相当に手こずった。解析が終わったのは、ほんの百年前だ」
なんだか時間の感覚がおかしくなって、百年が一瞬のように思えた。
「凄いじゃないか。後はピンポイントで、金を元の元素に戻して行けばいいんだ。すぐにやろうじゃないか」
ドッペルは呆れたようにおれの顔を見た。
「まだ説明の途中だよ。世界線を辿ったとしても、そのまま元に戻せる訳じゃないよ。元の位置からメチャメチャにシャッフルされているから、場合によっては化学反応が起きて爆発する可能性だってある。それに一々元の元素に戻してたんじゃ、千年ぐらいかかってしまうよ。何に戻すか、ある程度限定しなきゃ」
「あ、じゃあ、鉄がいいんじゃないか。モフモフたちも欲しがってたし」
ドッペルはゆっくり首を振った。
「ダメだ。一気に酸化して発熱する。ポケットカイロと同じことさ。酸素濃度も下がってしまうし、熱で火事が起きれば、酸素がさらに減る。ドラード人がみんな窒息しちゃうよ」
「水ならどうだ。化学的に安定してるし、いくらあっても困るもんじゃないし」
「そこら中が洪水になるよ」
「空気なら、あ、いや、酸素はもう要らないか。それじゃ、窒素ガスなら」
「今は金で重さを支えているところが、みんな崩れちゃうよ」
おれは腹が立ってきた。
「じゃあ、いったいどうすりゃいいんだよ!」
ドッペルは苦笑した。
「だから、説明の途中だって。地表にあって、比較的安定で、たくさんあっても困らないもの、なーんだ?」
「なぞなぞかよ! うーん、何だろう? たくさんあっても困らないもの。現金?」
「ブッブーッ。そんなわけないじゃん。第一、ドラードの現金はドングリだろう。答えは土さ」
「え? ツチって、あの泥みたいな土?」
「そう。まあ、あんまり柔らかすぎると不都合も出るだろうから、適当に小石とか混ぜるけど」
「簡単に言うと、土砂ってことか。ええーっ、そんなの土嚢とか園芸用とかで売っても、二束三文じゃないか」
「そうだ。しかし、これが一番環境に負荷が掛からない。後の問題は、これを実行に移すための莫大なエネルギーだが、偶然、これも解決の目途がついた」
「偶然?」
「まあ、ある意味必然かもしれないけど。この中央湖の下に火山があるのは知ってるだろう?」
「うん、荒川さんから聞いたよ」
「数万年大人しかった地下のマグマが、活発化している。大規模な噴火を起こすほどじゃないが、水蒸気爆発の可能性が高まっている。それも極々近い未来だ。いや、未来じゃないな。今、起こってもおかしくないくらいだ。そして、その爆発が終われば、また、休止期に入ってしまう。次の爆発が何年後か、いや、何百年後かもわからない。つまり、チャンスは一度だ」
話が大きすぎて、実感がわかない。おれはこう言うしかなかった。
「ふーん」
「いやいや、ふーん、じゃないだろう。いいかい、チャンスは一度だ。そして、実行した後は、もう元には戻せない。つまり、天文学的な価値の黄金が、一瞬でただの土に変わってしまう。さあ、どうする?」
「どうすると言われても」
ドッペルはニヤリと笑った。
「中野くん、きみが決めるんだよ」




