44 大博打の始まりじゃって、何の話だよ
シャロンは物も言わずに、プライデーZに後ろ回し蹴りを喰らわせた。
プライデーZは「ひょえええええーっ!」と叫びながら数メートル飛ばされ、ドサッと砂浜に落ちた。
仰向けに倒れたまま、ボディのどこかからピーッという音が鳴り続けているから、早くも戦闘不能のようだ。
あまりのキックの威力におれは震えあがった。さっき寸止めじゃなかったら、今頃おれがこうなっていたのだ。
「ふん。あんたは知らなかったみたいだけど、このスーツにだって戦闘強化モードがあるのよ。どう? そっちもモードを切り替えて、サシで勝負してみる?」
だが、おれは頭を振った。
「いや、やめとくよ。おれにはおまえと闘う理由がないし、万が一、ケガでもさせちゃ、黒田ご夫妻に申し訳ない」
シャロンがコワーイ笑顔になった。
「へえ、ずいぶん自信があるのね。でも、ケガをするのは、あんたの方よ!」
「待て!」
おれの制止など無視して、再び攻撃に移ろうとしたシャロンだったが、見えない相手に羽交い絞めにされたように動けなくなった。
「さあ、おイタはそれぐらいにしてちょうだい、シャロンさん」
「離してよ!」
ブーンという音がして、シャロンの背後に光学迷彩を解いた元子の姿が現れた。
「元、あ、いや、小柳補佐官、スターポールに戻ったんじゃなかったのか?」
おれの問いかけに、元子はフッと苦笑した。
「黒田絹代先生に直接頼まれたら、断れないわ。ちょうど、そこのポンコツロボットが飛び立つところだったから、うまい具合に隠れ蓑になったし」
元子の腕を振り解こうと、シャロンがもがいた。
「おばあさまには関係ない! これは、あたしの問題よ!」
だが、元子はガッチリシャロンを捕まえて、離さない。
「残念だけど、スターポールのスーツは戦闘モードのパワーが違うの。それに、格闘技のスキルも、わたしの方が上だと思うわ。諦めてちょうだい」
一旦力を抜いて降参したと見せかけて、反撃しようとしていたシャロンも、すぐに相手の格闘技術が数段上と悟ったらしく、「やーめた」と諦めた。
「今のあたしじゃ、元子お姉さまには敵わない。もう帰るわ」
「その方がいいわね。ああ、そうだわ、絹代先生から伝言よ。『時には他人に任せてしまうのも、勇気の要ることよ』だって」
それを聞いて、初めてシャロンが本当に微笑んだ。
「そうね。このチキン野郎に仕事を任せるくらいの大博打は、ちょっと他にないわね」
「そういうこと」
元子も笑顔を返しながら、おれにだけわかるようにウインクした。
少々腹も立つが、それでシャロンが納得するなら、まあ、良しとしよう。
二人が仲の良い姉妹のように帰った後、亜空間通信で黒田夫妻から交互に謝られたが、おれはもう気にしなかった。
それより、目前のミッションを無事にクリアすることの方が大問題だ。
おれが倒れているプライデーZの様子を見に行くと、ピーッという音が止まった。
プライデーZは片目を開けて、「コワイお嬢さんは、もう行っちゃいましたか?」と、おれに尋ねた。
「なんだ、やられたフリかよ!」
プライデーZは起き上がり、「だって」と言い訳した。
「あのままでは、本当にフルボッコにされてしまいます。君子危うきに近寄らず、三十六計逃げるが勝ちです」
「譬えが古すぎるよ! でも、まあ、おまえが無事で良かったけど」
「おお、有難き幸せ。持つべきものは、優しいボスですねえ」
おれは少し照れくさくなった。
「おだてるなよ。それより、ここまで来た以上、早く湖に潜って、その【最後の元素転換機】とやらを見つけよう」
「アイアイサー!」
「返事はいいな。よし、じゃあ、行こうぜ」
おれはヘルメットを被り、「河童スーツ、いよいよ水に入るぞ。慎重に行けよ」と、命じた。
「わかりまちた。ヘルメットを首回りと密着ち、少し空気を加圧ちまちゅ」
河童スーツの内部に空気が満たされ、ヘルメットの防護窓に拡張現実表示が出た。
【中央湖:ドラード最大のカルデラ湖。水深は数キロメートル以上あるとの噂だが、水面下の調査はまだ進んでいない。伝説の怪物ドライドンが棲むと言う】
「うーん、なんかイヤな、あ、いや、言わない方がいいな。当たると困る。よし、じゃあ、河童スーツ。おれが『潜水開始』って言ったら、わわわわわーっ!」
河童スーツはいきなり急上昇すると、高飛び込みの要領でザブンと水中に入った。
「おいっ、おれの言葉をちゃんと聞け!」
だが、河童スーツはおれを無視してぐんぐん潜行し、「水深百メートルを超えまちた」と告げたかと思うと、急に声のトーンを上げた。
「警告! 警告! 音響探知機に反応がありまちた。魚群ではありまちぇん。接近して来まちゅ!」




