43 シャロンは何を考えてるんだよ
元々同じ性能のスーツだから、スピードを上げても距離が縮まらない。それどころか、こっちの方が素材が重いから、どんどん引き離されて行く。
「おい、河童スーツ、何か追いつく方法はないのか?」
「水中に入れば、負けまちぇん」
「その前に何とかしたいんだよ!」
亜空間通信で荒川氏が割り込んできた。
『中野くん、わしじゃ。念のため確認してみたが、シャロンちゃんは通信機を切っておる。きみに直接コンタクトを取ってもらうほかない。いずれにしろ中央湖に近づけば、一旦、着陸するはずじゃ。プライデーZを加勢に向かわせるから、なんとしてでも、シャロンちゃんが無茶をせんよう宥めるんじゃ』
「できるだけのことはやりますが、あのジャジャ馬がおれなんかの言うことを聞くか、保証できませんよ」
亜空間通信の向こうで沈黙が流れた。しまった、黒田夫妻も聞いているのか。
予想どおり申し訳なさそうな黒田氏の声が聞こえてきた。
『すまん、中野くん。わがはいの責任だ』
「こちらこそすみません。カッとなっておれも言葉が過ぎました」
何故か含み笑いで夫人の声も入ってきた。
『いいのよ、中野くん。わたしも若い頃は、よくそう言われたわ』
なるほど、あの気性は夫人譲りなのか。
「とにかく、直接会って説得してみますよ」
三人が同時に『頼むぞ』『すまん』『お願い』と言って通信は切れた。
その直後、「ターゲットが高度を下げ始めたでちゅ」と河童スーツが知らせてくれた。
「いよいよか」
おれの目にも、中央湖の威容が見えて来た。なるほど、周辺が円形に盛り上がっており、カルデラであることがハッキリわかる。水の透明度が高いため、湖底が擂鉢状になっているのまでボンヤリ見える。中心部はかなり深そうだ。
「ターゲットは、湖畔の砂浜に着陸ちまちた。近くに降りまちゅ」
河童スーツの言葉どおり、白い砂浜に不吉な黒いシミのようなものが見えた。シャロンのカラス天狗スーツだ。
おれは徐々に減速しながら、五メートルほど離れて着地し、ヘルメットを外した。
「シャロン! 馬鹿な真似はよせ! そのスーツは水中には適していないんだ。溺れてしまうぞ!」
シャロンもヘルメットを取った。栗色の髪がフワッと風になびく。
「ふん、そんなのわかってるわ。だからこうして、水中用のスーツが到着するのを待ってたんじゃない。あんたが追いかけてくるのは、あたしの計画に織り込み済みよ」
「はあ?」
「そのスーツをあたしに寄越すのよ。嫌だと言っても、力ずくで奪い取るつもりよ!」
言うや否や、シャロンは軽く助走をつけ、右のハイキックでおれの頭部を狙ってきた。
ヘルメットを脱いだことを後悔したが、ビビッて腰が砕けたのが幸いし、おれの頭が下がったところを、シャロンのキックがシャッと空を切った。
助かった、と思った直後、本能的に恐怖を感じて鳥肌が立ち、頭上を見ると、シャロンの右足の踵が落ちて来た。
「うわっ!」
間一髪、のけ反ってそれを避けたが、休む間もなく左の回し蹴りがおれの脇腹を襲った。
衝撃と痛みを覚悟して目を瞑った。
が、なんともない。
片目だけ開いて見ると、あと数ミリのところでシャロンの足が止まっている。それがスッと戻された。
「わかったでしょう。痛い目に会いたくなかったら、大人しくそのスーツを渡すのよ」
もはやこれまでか、と諦めかけた時、視界の隅に飛行する物体が接近して来るのが見えた。よし、もう少し時間を稼ごう。
「何故なんだ。別におれが行ってもいいだろう。わざわざおまえがリスクを冒す必要はないよ」
「ふん。これはあたしのプライドの問題よ。勉強でもスポーツでも負けたことなんかないのに、何よ、運がいいとか他人に好かれるとか。そんなあやふやなもので、リーダーとしての素質があるなんて、おじいさまもどうかしてるわ。あたしはね、あんたなんか、大ッキライなの!」
おれとしては、肩を竦めて苦笑いするしかない。
「勘違いしないでくれ。黒田さんが何を言ったか知らないが、おれはおまえのことなんか、何とも思っちゃいないよ」
と、シャロンの顔が今まで見たことのないようなコワイ表情になった。
「潰す!」
「よせ!」
おれが本気で生命の危機を覚えた時、ようやく待ちかねた援軍が、シャロンの真後ろに到着した。
「呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャーン、プライデーZ参上!」




