42 どこまで妖怪が好きなんだよ
荒川氏は入って来るなりおれたちを見て、「ん? 二人だけかの?」と尋ねた。
「ええ、まあ、色々ありまして」
黒田夫人は立ち上がり「ちょうど茶話会を始めたところよ。荒川さんも紅茶お好きでしょう?」と、返事も待たずに給湯室へ行った。
「おお、それはありがたい」
荒川氏がおれの方を見て、「旦那と揉めたかの?」と小声で訊いた。
「いえ、ご夫妻が揉めたわけじゃありませんが、シャロンは怒って出て行きました。黒田さんがおれのことを、ちょっと、その」
荒川氏はニヤリと笑った。
「そうかそうか。だいたい察しはつく。それはまあ、放っておいても大丈夫じゃ。それより、これを見てくれ」
荒川氏の後ろに立っていたプライデーが、腕に抱えているものをおれに見せた。
あれ? 緑色をしているぞ。これはまさか。
「わしが新しく作った、カラス天狗スーツの水中用バージョンじゃ。というか、ほぼ河童スーツになってしもうたがの。ちなみに、背中の甲羅は酸素ボンベじゃ」
「あのー、すみませんが、別に妖怪に拘らなくても、いいんじゃないですか」
「まあ、わしの趣味じゃ、許してくれ。それより、このプライデーを、プライデーZにバージョンアップしたぞ。Zに、特に意味はないがの。飛行能力と潜水能力を持たせ、加えて攻撃力もアップしたんじゃ」
プライデーZは河童スーツをテーブルに置くと、両腕をファイティングポーズのように構えて見せた。ゴルゴラ星人の歯形だらけだった片腕も元に戻っている。いや、元にというか、以前よりメカニックな感じになっている。
荒川氏が説明してくれた。
「スプリングでパンチを飛ばすというのは、いかにも原始的じゃ。そこで、片方はミサイルとして、もう片方は魚雷として使えるようにした。もっとも、火薬は入っとらんから、空砲じゃ。それでも当たれば多少のダメージは与えられる。これで安心じゃ」
何にダメージを与えるつもりか訊こうとしたところで、黒田夫人が荒川氏用のティーカップと、紅茶の入ったポットを持ってきた。
「中野さんも、おかわりをいかかが?」
「いや、おれはもう充分です」
これから水中に潜るのに、お腹がチャプチャプでは困る。
それより、今のうちにやるべきことがあった。
「荒川さん。新しいスーツの試着、いや、試運転をしていいですか?」
「もちろんじゃ。操作方法は一緒じゃよ。ただし、水圧に耐えられるよう丈夫な素材にしたから、少し動きにくいかもしれん」
「わかりました。それでは、カラス天、いや、河童スーツ、装着!」
テーブルに置かれていたスーツが各パーツに分かれ、おれ目掛けて飛んで来た。心なしか、以前のカラス天狗スーツよりスピードが遅い気がする。
最後に、頭頂部に意味不明な河童のお皿のようなものが付いているフルフェイスヘルメットが被さり、耳元で声がした。
「装着、完了ちまちた」
ん? 渋い男性の声じゃない。
「同じ声のパターンではつまらないじゃろうから、ちょっと変えてみたが、どうかの?」
「うーん、おれ的には、前の方が良かったと思いますが、まあ、我慢します。それより、今後の段取りをお話ししていただく前に、少し周辺を動き回って慣らしてみます」
「そうじゃの。具体的な話は、黒田が戻ってからの方がいいじゃろ。まあ、せいぜい三十分ぐらいで戻って来るんじゃぞ」
「了解しました」
おれは慎重に河童スーツに命じてみた。
「いいか。おれがいいと言うまで発射するなよ。また、いいと言っても、ドアを無理に開けたりするなよ。それから、断りなく急上昇したり、急降下したりするなよ。そして、スピードは控えめに、な。それから、えーと」
「もう、発射ちまちゅ!」
河童スーツはドアまで飛んで、ゆっくり開けると、そこから全速力で飛び出した。
「おまえもかよおおお~っ!」
「これから急上昇ちても、いいでちゅか?」
グリーンハウスを出た途端、急カーブを描いて高度を上げている。
「断ればいいってもんじゃないぞおおおおーっって、もう、上昇してるじゃないかあああーっ!」
水平飛行に移っても、一向にスピードを緩めない。
「ターゲットを発見ちまちた。追跡ちまちゅ」
「はあ? ターゲットって、何を言ってんだ?」
だが、おれの目にも、前方を物凄いスピードで飛行するものが見えた。カラス天狗スーツだ。ということは……。
その時、亜空間通信機から、動揺した荒川氏の声が聞こえてきた。
『中野くん、大変じゃ。今、黒田から聞いたが、シャロンちゃんがカラス天狗スーツを奪って飛んで行ったらしい。行き先は、恐らく中央湖じゃ!』




