41 おれにだってティーブレイクは必要だよ
焦った黒田氏が「すまん、ちょっと宥めてくる」とシャロンを追って出て行くと、夫人が泣き笑いのような顔で、「本当にごめんなさいね」と再びおれに謝った。
「あ、いえ、いいんです。おれは何とも思ってないんで」
おれと黒田夫人の二人以外は皆出て行ってしまったので、会議室はガランと広く感じる。
夫人はフーッと深く息を吐くと、少しお道化たように笑った。
「変ね。そんなにお喋りしてないのに、なんだか喉が渇いたわ。地球から美味しい紅茶を持ってきてるんだけど、一緒に飲まない?」
「それはもう、喜んで」
この部屋は元々会議室であったため、附室として給湯室が付いている。黒田夫人は、これまた地球から持参したというビクトリアンティーセットの耐熱プラスチック製レプリカで、自ら極上の紅茶を淹れてくれた。
「熱いから、気をつけてね」
「いただきます」
紅茶の良し悪しなどわからないが、メチャメチャいい香りが口の中いっぱいに拡がった。
「美味いですね」
夫人も一口飲んで、嬉しそうに「これくらいの贅沢は、いいわよね」と笑った。
「いいと思います」
「良かったら、これもどうぞ」と、ドングリの粉で作ったというクッキーを出してくれた。
「いただきます」
お互いにもう一口ずつ飲んだところで、夫人が「少し、お話しても、いいかしら?」と尋ねた。
「もちろんです」
「ありがとう。そうね、去年少し聞いたかもしれないけど、やはり、息子のことから話した方がいいわね。わたしたちには章太郎という一人息子がいるの。親バカかもしれないけど、子供の頃から勉強が良くできて、スポーツも万能で、自慢の息子だったわ。主人も、帝王学というのかしら、大きな集団を統率する心構えを、章太郎がまだ幼いころから教えていたわ。でも、ちょうどあなたぐらいの歳に突然大学を中退して、体一つで海外に行ったの。その頃流行ってた【自分探しの旅】だったみたい。主人もまだ若かったから激怒して、勘当だ、なんて」
おれがキョトンとしているのを見て、夫人は苦笑した。
「ごめんなさい、親子の縁を切る、ということよ。それから十年くらい音信不通で。でも、主人が会社のネットワークを使って密かに章太郎を監視していたのは知ってたから、そんなに心配はしなかったわ。だから、海外放浪中に出会ったナオミさんを連れて帰国して来たときも、彼女がダヴィード財閥の娘さんだということはわかっていたの。そして、向こうも章太郎同様に実家を飛び出して来ていたこともね。先方から主人にコンタクトはなかったけど、付かず離れずという対応は同じだったと思うわ。本人たちも薄々わかっていたと思うけど、できる限り自分たちだけの力で生きようと頑張っていたし、両家も遠くから見守るだけだったの。シャロンが生まれるまでは……」
夫人は、また泣き笑いのような表情になった。
「……初孫よ。もちろん、涙が出るくらい嬉しかった。主人に内緒で、何度も会いに行ったわ。でも、ほんのニ三歳の頃から、あの娘が天才であることは誰にでもわかったはずよ。異常なほどに記憶力が良くて、何でも一目見ただけで覚えるの。運動神経も飛び抜けていたわ……」
夫人は紅茶を一口飲み、小さく溜め息を吐いた。
「……その頃から、ダヴィード財閥と主人の間で、密かな綱引きが始まったと思うのよ。どちらの後継者にするのか、あるいは両方か。でも、章太郎もナオミさんも、シャロンを普通に育てたかったから、極力両家からの干渉を避けたわ。シャロンの学費だって、ダヴィード財閥は二人に知られないよう特別奨学金という形で出してるみたいね」
「うーん、だったら、ますますおれなんかじゃなくて、付き合うならもっとセレブな相手がいいんじゃないですか。おれはシャロンから嫌われてるし」
夫人はちょっと意味深な笑顔で、「さあ、それはどうかしら」と言った。
「これは主人の意見だけど、シャロンは色々な意味で恵まれているけど一つだけ欠けているものがあって、それはリーダーとしての資質だと言うのよ。だから、パートナーには他人に好かれる人がいいって。まあ、主人はとにかく、わたしは孫には自由に生きて欲しいわ。今回、ドラードに呼んだのは、もちろん彼女の語学の能力もあるけど、ここで森と共生しているドラード人たちを見せたかったの。こういう生き方もあるのよ、ってね。ああ、それに、シャロンという名前はナオミさんのお国では、【美しい森】という意味らしいの。ナオミさんも、そういう願いを込めたのかも」
その時、「そのパンチは、大事に使うんじゃぞ」という荒川氏の声がし、「もちろんです。必殺技は最後ですからね」というプライデーの返事も聞こえて来た。




