38 凡人には凡人の悩みがあるんだよ
途中寒かったせいですっかり酔いは醒めていたが、このままでは風邪をひくので、すぐに失礼して別室で着替えさせてもらった。
会議は荒川氏の部屋でやるとのことだったが、その前にモフモフが詫びに来た。
「妹がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません」
ドラード人の体型は前屈が難しいのだが、それでも精一杯頭を下げている。
「ああ、いや、いいんだ。メイメイはメイメイの考えがあってのことだから、モフモフが謝ることはないよ。頭を上げてくれ。その姿勢じゃ、苦しいだろ」
「ありがとうございます。メイメイもメイメイですが、グリグリさまにもガッカリしました。こんなにお優しい中野さまを、常世の実で酔わせて秘密を聞き出そうとするなんて、許せません」
「うーん、そいつはどうかな。むしろ、自分から秘密を喋ってくれたけど。まあ、おれは気にしてないから、モフモフもそんなに怒るなよ。さあ、そろそろ会議に行かないと」
モフモフは尚も恐縮しながら部屋を出ていった。
おれも久しぶりにモフモフの顔を間近に見たわけだが、メイメイが嫉妬するほどの美人かどうかは、やはり、わからなかった。むしろ、姉妹だから、よく似ている方だと思う。
まあ、逆に異星人から見れば、地球人の美人とかイケメンとか言われても、ほとんど意味がわからないだろう。
うん、そうとも。
だから、相手が美人でも気後れする必要なんかないし、イケメンじゃないからといって遠慮することはないのだ。
おれは、そうだそうだと自分を鼓舞しながら、荒川氏の執務室に向かった。
部屋には、すでにおれ以外のメンバーが揃っていた。
七名掛けの丸テーブルの、ホワイトボードのある正面の席に荒川氏。その左右には黒田夫妻。黒田夫人の横にモフモフ、元子、シャロンが並び、黒田氏とシャロンの間が一席空いている。
おれは座る前に、一先ず黒田夫人に挨拶した。
「お久しぶりです」
黒田夫人は上品な微笑みを浮かべ、「お元気そうね」と応えたが、心なしか窶れて見えた。星連での外交交渉に苦労しているのだろう。
おれは例の長老用の大きな椅子に座りながら、改めてここにいるメンバーに気圧されるのを感じた。
惑星開発局の元局員でドラード臨時政府の顧問、巨大商社の創業者で臨時政府のスポンサー、政経塾の元塾長で実質的な外務大臣、臨時政府大統領、スターポールの捜査官で大統領補佐官、そして、語学の超天才。
この中で凡人なのはおれ一人だ。
《われらの方はいつでも良い。天狗どの、始めてくれ》
また、森の精霊の存在を忘れていてビクッとしたが、彼らもまた、尋常ならざる存在だ。
おれが萎縮しているのに気づいたのか、黒田氏が「どうした?」と、おれの背中に手を当てた。
「具合でも悪いのかね?」
「あ、いえ、何でもありません」
「なら、いいが。ちょっと、心配したよ。なにしろ、きみが主役だからな」
「はい? それはどういう……」
おれが質問し終える前に、荒川氏の話が始まった。
「諸君、いよいよその時が来た。これで一気に問題が解決するかもしれん。じゃが、その前に、ざっと状況を説明をして置こう」
荒川氏は立ち上がり、ホワイトボードに簡略化した地図のようなものを描いた。中心に二重の円があり、それを囲むように七つの地域、少し離れて一つの地域がある。
「ドラード中央大陸の略図じゃ。中心が第一地区じゃが、ほとんどを中央湖が占めておる。その周囲に第二から第八の各部族の居住区があり、第八地区の横に難民キャンプのある第九地区がある……」
荒川氏の話に皆は頷いている。ポカンと口を開けているのはおれだけだ。
「……さて、第一地区は聖域として、通常は立ち入り禁止となっておる。まあ、ほとんど湖じゃから、住む場所もないしの。樹木などの植生も他の地区とは異なっており、食べられるドングリが生らないんじゃ。じゃが、そこにある珍しい木を求めてこっそり入った者がおった。イサクじゃ」
モフモフが申し訳なさそうな顔をしたため、荒川氏は笑顔を見せた。
「しかし、怪我の功名、大発見をした。湖畔に打ち上げられた巻物を見つけたのじゃ!」
なるほど、古代の巻物の第一発見者は、あの無口なイサクだったのか。
「そして、シャロンちゃんの努力で、それが間違いなく、最後の元素転換機のある場所を記したものとわかった」
おれは思わず、「どこですか?」と尋ねた。
「うむ。中央湖の湖底に眠る、黄金神殿の中じゃ。中野くん、頼んだぞ!」
「へ? な、なんですって!」




