37 朝寝朝酒じゃ、身上潰すよ
驚くおれの耳元で、見えない相手は「シッ!」と囁いた。
「どうした、小僧?」
グリグリがそう訊いた瞬間、おれの口を塞いでいた手がスッと離れた。
「あ、いや、何でもない。続けてくれ」
グリグリが素面ならおれの態度が微妙に変わったことに気づいただろうが、幸い、すでに相当酔っていた。
「うむ。わしだとて、神話をそのまま鵜呑みにしていたわけではないぞ。神話というものは、事実そのままではないだろうからな。わしらも、天狗さまとの仲がゴタゴタするまでは、忘れておったくらいだ。ところが、つい最近、その幻の巻物が発見されたのだ。見つかったのが他の地区なら捏造品の可能性もあるが、聖地である第一地区だというではないか。しかも、その巻物を読み解くのに、天狗さまは地球から語学の天才を招いたという……」
当時の昂奮を思い出したのか、グリグリは小さくガッツポーズをした。
「……わしらは色めき立った。もし、本当に『魔法の箱』があるなら、それは天狗さまのものではない、わしらのものだ。ああ、誤解せんでくれよ。わしらは別に自分たちのものにしたいわけではないぞ。逆だ。外交上の駆け引きに使うつもりだ。その『魔法の箱』を地球人なり星連なりにくれてやるから、わしらの惑星にこれ以上構わないでくれ、と言いたいのだ」
おれは見えない相手のことが気になっていたが、反論せざるを得なかった。
「ダメだよ。それこそ、その『魔法の箱』を巡って惑星間の争奪戦が勃発するよ。実際、ギメガ星人はそれを狙って陰謀を仕掛けて来たじゃないか。それに、たとえ『魔法の箱』を星連の管理下に置いて使用禁止にしたとしても、ドラードの金はそのまま残る。振り出しに戻るだけだ」
おれの話をどこまで理解したのか、グリグリの目がトローンとしてきた。
「違うぞ、小僧。ふぁー、『魔法の箱』には、ふぁー、金を元に戻す、ふぁー、力も、あ、る、のだ。ふぁー、ぐおおおーっ」
そこまで言うのが限界だったらしく、グリグリはバタンと後ろに倒れると、豪快にイビキをかいて眠ってしまった。
周囲を見回すと、ほとんどのドラード人が眠りに落ち、かろうじて起きているものも酔眼定まらないという様子。まさに、朝寝朝酒というやつだ。
おれはもう一度周囲を見回し、声をかけた。
「おい、今なら姿を現しても大丈夫だぞ」
ブーンという音がして光学迷彩が解除されたが、おれの予想に反してスターポールの元子の姿ではなかった。相手はカラス天狗スーツを着ている。しかも、ちゃんとヘルメットを被っていた。
と、いうことは……。
「もしかして、シャロンなのか?」
相手はヘルメットを脱いで顔を見せた。
「もちろん、あたしよ。あんたの相棒のおかしなロボットじゃ重すぎて、また燃料切れになるからさ。それに、メイメイちゃんが怪しいのは最初からわかってたから、様子を探りたかったし」
「なんだ、それならそうと先に言ってくれよ」
シャロンは皮肉な笑みを浮かべた。
「ダメよ。あんたに教えたら、態度でバレちゃうわ。それじゃ困るのよ。さっき確認したら、あんたがグリグリじいさんと喋ってる間に、メイメイちゃんたちはあたしのニセ情報を信じて、全然違うところに向かって出発したわ。これで安心して探しに行ける。さあ、行くわよ」
シャロンは再びヘルメットを被り、背中のウイングを拡げた。
「え? 行くって、どこへ?」
返事の代わりに、シャロンはいきなりおれの体にタックルすると、そのまま抱え上げて急上昇した。
「やっぱり、こうなるのかよおおおお~っ!」
かなりの高度に達すると、そのままのスピードで水平飛行に移った。
寒い季節ではなかったから良かったものの、まだ多少濡れていた髪や服から、どんどん気化熱が奪われていく。
「おいっ、寒いぞ! なんとかしてくれ!」
「もうちょっとだから、これぐらい辛抱してよ!」
そう言いながらも、シャロンはグッと体を密着させてきた。
な、なんだよ、あったかいじゃないか。
「変なこと考えないでよ!」
「わかってるわい!」
そんなことを言い合っているうちにも、すぐにグリーンハウスのあるアゴラが見えて来た。
遠目にもモフモフ・黒田氏・荒川氏らしき人影が見え、その前に立って大きく手を振っているのはプライデーのようであった。
離陸の時と違い、着陸はゆっくり減速しながら降下して行く。最後はフワリと羽根のように着地した。
やればできるじゃないかよ。
「さあ、到着よ」
「ああ、うん、ありがとよ」
少し照れくさい思いをしているおれの目の前に、プライデーが飛び出して来た。
「迎えに行けず、すまない。わたしを思い切り殴ってくれ、セリヌンティウス!」
「メロスかよ!」
おれは殴る代わりに、ハグしてやった。
「プライデー、お互い無事で良かったな」
「おお、ありがとうございます、ボス」
シャロンがパンパンと手を鳴らした。
「はいはい、感激の再会はそこまでにして。これから作戦会議よ」




