36 これだから頑固オヤジは困るよ
「これ、よさぬかヤコブ、誤解だ!」
グリグリがそう言ってくれなければ、おれはそいつに殴られていたかもしれない。
ヤコブというドラード人も常世の実で酔っているらしく、まだ怒りが治まらぬ様子で、「でもよー、おとう」と言いかけた。
だが、グリグリが立ち上がり、威厳に満ちた声で、「イサクの恩人だぞ。弁えよ!」と告げると、黙ってペコリと頭を下げ、メイメイを連れて立ち去った。
グリグリは切り株に座り直すと、「すまぬ」とおれに詫びた。
「いや、謝らなくていいよ。おれだってオッチョコチョイで失敗するのはしょっちゅうだから、他人のことは責められない。お互いちょっと酔ってるしね。それより、あのヤコブってあんたの息子さんなのか?」
「そうだ。おまえももう気がついただろうが、イサクもヤコブも名付け親は天狗さまだ。聖書とかいう古い本に出て来る名前らしい。わしらの本来の名前は、グリグリ、モフモフなど、同じ音を繰り返すものがほとんどだ。昔、わしと弟のグラグラは、天狗さまから新しいことを色々と教わって感動し、生まれたばかりの息子たちに今までにない名前を付けてもらったのだ」
おれは当然の疑問を口にした。
「だったら、何故、今になって新しいことに反対するんだ?」
「そうではない。わしらが反対しているのは、新し過ぎることだ。以前であれば、わしらの生活のペースに合わせ、徐々に徐々に新しいことが導入された。最初は、葉っぱを編んで簡単に着るものを作ることを覚え、次に、竈を作ってドングリを調理するようになり、さらに、丸太を組み合わせて住む家を作りという具合に、そこまで整えるのに二十年以上の年月をかけてくださった。だが、今はどうだ。ほんの数ヶ月でわしらの生活は激変してしまった。次々に新しい大使館が建てられ、新しい乗り物が作られ、異星人が大挙して押しかけて来るようになった。こんな生活など、わしらは望んでおらぬ」
おれは反論を試みた。
「それは非常事態だからだよ。あんたたちは金に囲まれて生活してるからピンと来ないだろうけど、早い話、今おれたちのいるアゴラの下に眠っている金だけでも、おそらく地球全部の金を集めた約18万トンより多い。それくらい金は稀少なんだ。今はまだアルキメデス航法の限界があるから惑星外に持ち出せないけど、もう少しでそれが可能になれば、間違いなく欲に目がくらんだ連中が押し寄せて来る。その時に備えて、荒川さん、あ、いや、天狗さまは智慧を絞ってるんじゃないか」
グリグリは、常世の実のスープをガブガブと飲み干した。
「であれば、惑星を閉じればよい。鎖国ならぬ鎖星だ。ドラードは元々すべてを自給自足できる惑星だ。別に他所の惑星と付き合わずともよいのだ。おまえたちの国、日本だとて、そうやって何百年も平和に暮らしたというではないか」
おれもスープをもう一杯飲んで、首を振った。
「そうはいかない。江戸時代の日本とは事情が違うよ。当時は戦国時代が終わったばかりで、相当な軍事力があったし、世界情勢も逼迫してはいなかった。逆に、幕末の頃は、相対的に軍事力が低下しているところへ、世界的な帝国主義の拡大があって、国家存亡の危機に陥った。だから、いやでも開国せざるを得なかったんだ。まあ、今の時代は、わりと宇宙は平和だけど、ドラードはほとんど無防備じゃないか。まして、ここに天文学的な量の金があることはみんな知ってる。もし、鎖星なんかしたら、万が一宇宙海賊が攻めて来ても、誰も助けてくれないよ」
「その時は、わしらだけで戦う」
「無理だよ。ドングリ鉄砲じゃ、戦えない。いろんな星と外交関係を持ちながら、最悪の場合には、星連の援軍を受けるしかない」
グリグリがいくら頑固オヤジでも、これ以上反論できないだろう、とおれは勝利を確信した。
だが……。
「心配いらぬ。巻物の秘密がわかれば、わしらが負けることはない」
おそらく、グリグリは酔って口が滑ったのだろうが、おれも酔いが回って来ていて、あまり深くは考えずに反論した。
「何だよ、二言目には、巻物巻物って、ここは寿司屋か」
酔いだけでなく、グリグリの顔が怒りで真っ赤になった。
「小僧、おまえは知らぬのだ。古の神々の戦いを。遥かなる昔、まだ、わしらが智慧を持たぬ小動物であった頃、この惑星は荒ぶる神々の世界であった。神々は常に対立し、争いが絶えなかった。ついにすべてを黄金に変える魔法の箱が生み出され、敵も味方も、武器も城も、およそあらゆるものが黄金に変えられ、戦は終わった。残った神々は世を儚み、魔法の箱もろとも、中の湖に身を投げたという。だが、一柱の神が密かに魔法の箱を隠し、その在り処を巻物に記したのだ」
「えっ、じゃあ、まだ元素転換機が……」
残っているのか、と言いかけたおれの口を、誰かの見えない手が塞いだ。




