35 恩讐の彼方にあるのは、何なんだよ
「スパイだったのか!」
思わず詰るように言ってしまったが、メイメイの笑顔が一瞬にして崩れたのを見て、おれはちょっと後悔した。
プルプルと唇を震わせているメイメイの代わりに、グリグリが執り成すように「メイメイを責めないでくれ」と頼んだ。
「メイメイに、古代の巻物を解読しに来る地球人をマークするよう命じたのは、このわしだ。手荒なことをするつもりはなかったから、シャロンとかいうその娘が誘拐されたと聞いたときは、こちらの方が驚いた。後でわかったのだが、わしらがシャロンを見張らせるためにメイメイを案内役として送り込んだことが漏れていたらしく、メイメイに盗聴器を仕掛けられてしまったのだ。メイメイは責任を感じ、ずっと泣いておった。だから、おまえがシャロンを救出したと知った時は、本当に喜んでいたのだぞ。だが、役目は役目。無事に戻ったシャロンに付きっ切りで世話をしながら、巻物の解読を待った。明け方、一応の結果が出たところで、わしらのところに知らせに来てくれたのだ」
それこそスパイそのものじゃないかと思ったが、今にも泣きそうなメイメイの顔を見て、別のことを聞くことにした。
「いったい、巻物の秘密って何なんだ?」
何か答えようとしたメイメイを、グリグリが止めた。
「まだ教えるわけにはいかぬ。それに、わしらもどうすべきか決めかねておる。場合によっては、もう一度天狗さまと話し合うことも考えねばなるまい。おまえは少々誤解しているようだが、わしらは天狗さまの恩義を忘れたわけではないぞ。こうして料理を作る技など教えてもらったことには、本当に感謝している。おお、そうだ、せっかくの料理が冷める。遠慮せず食べてくれ」
そんなことを言われても、今の話を聞いた後では安心して食べられるものではない。
おれが木の椀に口を付けることを躊躇っているのを見て、グリグリが「心配することはない。少なくとも、毒ではないぞ」と笑った。
その言い方が、少し引っかかる。
「毒でないなら、そっちが先に食べて見せてくれ」
「よかろう。メイメイ、先に食べて見せなさい」
メイメイは明らかに動揺し、「でも」と呟いた。
「かまわぬ。こちらが胸襟を開いて見せねば、小僧は信用せぬ。無礼講でよい」
無礼講?
おれがその意味を考えているうちに、意を決したメイメイがスープを椀によそって、グイッと飲み干した。
すると、メイメイの頬がポッと赤らみ、「ウィッ、ヒック!」としゃっくりをした。
これは……。
「酒が入っているのか? やっぱり、騙したな!」
「騙してはおらぬ。確かに常世の実には、若干酩酊作用がある。しかし、アルコールと違ってすぐに分解されるし、副作用もない。気分が悪くなったり、頭が痛くなったりすることはないのだ。わしらは、客人をもてなす際には必ず常世の実の料理をふるまい、親睦を図るのだ。どれ、わしも一杯いただこう」
グリグリは別のドラード人にスープをよそってもらい、グイッと飲んだ。
「ウィッ、ヒック!」
なんだよこの流れは。おれは酒好きではないが、やたらと美味そうな匂いがするし、メイメイとグリグリに続いて他のドラード人も「ウィッ、ヒック!」とやり出したのを見て、我慢できなくなった。
ええい、飲んじゃえ。
「ウィッ、ヒック!」
メチャメチャ美味いじゃないか。それに、ほんわかとしたいい気分になってきた。
その時、「あたしだって、ホントはこんなスパイみたいなことしたくなかったわよ」という声が聞こえた。
え? この声は、メイメイか。
常世の実とやらに多少酩酊作用があるにしても、メイメイは特に弱かったのだろう。完全に酔っぱらいだ。
「お姉ちゃんが美人だからって、みんなでチヤホヤしちゃってさ。いきなり大統領って、何よ、それ。あたしなんか、着るものはいっつもお姉ちゃんのお下がりでさ。みんなが、モフモフの妹としか見てくれないのよ。この第八地区の『ドラードの伝統を守る会』のメンバーだけよ、あたしを一人前として認めてくれるのは。あたしの仲間は、ここにしかいないのよ!」
モフモフが美人というのはピンと来なかったし、おれには兄弟はいないが、おれ自身コンプレックスの塊だから、メイメイの気持ちは痛いほどわかる。
「そうか、そうだよな。美人とか金持ちとか頭がいいとか格闘技が強いとか、人間の価値はそんなことじゃねえよ。ハートだよ、ハート!」
「そうよ、そうよ!」
おれは立ち上がり、メイメイとハグをした。
「よし、飲もう、じゃない、食べようぜ! 無礼講だ!」
その時、背後からグイッと肩を掴まれ、おれは無理矢理振り向かされた。
葉っぱを編んだコック帽を被った、若いドラード人が立っていた。顔がメチャメチャ怒っている。
「おめえ、おらのフィアンセに何してんだよ!」




