33 虹の彼方には、ホントに幸せがあるのかよ
「え? 用って、まさか、おれを人質にするとか、じゃないですよね?」
グリグリはムフムフというような笑い方をした。
「わしらをなんだと思っておるのだ。それに、もし人質にとるなら、少なくともおまえではない」
安心するのと同時に腹が立った。どうせ、おれにはシャロンのような価値はないさ。
だが、グリグリはおれの表情を見て、おかしそうに笑った。
「怒る必要はない。わしらがおまえを人質にしない理由は、おまえが恩人だからだ」
「はあ?」
「おまえは忘れておるようだが、わしらは以前、一度会っておるのだ。わしの甥の婚約パーティーでな」
「えっ、じゃあ、イサクの」
「そうだ。イサクは、早逝したわしの弟グラグラの忘れ形見(=遺児)なのだ」
「えっ、ということは、モフモフは」
「うむ。臨時政府大統領のモフモフは、義理の姪に当たる。天狗さまは、そこは抜かりがない。わしらの反対運動が行き過ぎれば姪が困ることになる」
なるほど。そういう含みもあって、モフモフが大統領なのか。
グリグリは何か文句を言いたそうな顔をしたが、フッと苦笑した。
「まあ、今は政治の話は抜きだ。わしらドラード人は、おまえたち日本人と同じく、義理人情に篤い。いつかは、おまえに恩返しをしなければ、と思っておったのだ。見れば、今おまえが困難な状況なのは明らかだ。せめて、ゆっくり朝食でもどうだ。まあ、あまり贅沢なものはないが」
実際の日本人が義理人情に篤いかどうかはともかく、確かなのは、おれが今猛烈に腹ペコだということだ。
「それはもう、願ってもないことです。ゴチになります!」
「うむ。雨も、もうすぐ上がる。わしらのアゴラに案内しよう」
グリグリの言ったとおり、あれほど激しかった雨が止み始めており、朝日に照らされて虹がかかっていた。歌にもあるじゃないか、虹の彼方には、きっといいことが待っているはずだ。
だが、おれの浮かれた気分は、グリグリの次の言葉に打ち砕かれた。
「ただし、そのおかしなカラクリ人形と空を飛ぶ服は、置いていってくれ。わしらは、そういう文明の利器とやらが嫌いなのだ」
おれが反論する前に、予想どおりプライデーが言い返した。
「聞き捨てなりませんね。こんな役立たずのスーツと、一緒にしないでください」
そこかい!
脇に抱えているカラス天狗スーツのヘルメットからも、何かブツブツ不平を言う声が聞こえてくる。
グリグリはフギュッと鼻を鳴らした。人間ならオッホンと空咳をするところだろう。
「何を言われようと、条件は変わらない。招待するのは、小僧、おまえだけだ」
「わかりました。ほんの少しだけ、時間をください」
おれはプライデーとカラス天狗スーツを説得することにした。
「おれの話を聞け、五分だけでいい。このままプライデーを抱えて飛べば、カラス天狗スーツの燃料が本部までもたない。だからといって、ゆっくり歩いて行けば、おそらく途中でプライデーの充電が切れる。おれの空腹も限界だ。本部に帰り着く前に、遭難するのは目に見えている。いいか、方法は一つしかないんだ。プライデーがカラス天狗スーツを着て本部まで飛び、充電と燃料補給をして、おれを迎えに来てくれ。その間に、おれも空腹が満たせる」
尚もプライデーとカラス天狗スーツは抵抗したが、合理的な解決策がそれしかないことは二人(?)ともわかっているから、渋々従った。
おれはドラード人の一人の腹に乗せてもらい、スーツを脱ぐとプライデーに渡した。膨らんだままでは着れないから、スリムな状態に戻って沈み、水中で装着してから、水面に浮上して来た。
多少伸縮性のあるボディー部分はともかく、ヘルメットだけはプライデーの頭が入らないから、手に持って行くことにしたようだ。
「なかなか似合うじゃないか」
プライデーはムッとしている。
「呉越同舟、臥薪嘗胆、です」
「まあ、なんでもいいけど、ちゃんと迎えに来てくれよ」
「わたしを信じてくれ、セリヌンティウス。では、発射!」
アッという間に飛んで行った。
その間、何も言わずにグリグリたちは待ってくれた。
「お待たせしました」
「うむ。では、行くとしよう。わしの背中に乗るがいい」
グリグリは平泳ぎのような体勢になった。背中の毛が銀色に光っている。
「それでは、お言葉に甘えて」
おれは腹に乗せてくれていたドラード人に礼を言うと、グリグリの背中に移った。
「小僧、しっかり掴まっておれよ」
「はあ?」
次の瞬間、グリグリのビーバーのような平べったい尻尾が激しく水面を叩き、ものすごい速さで泳ぎだした。
「どうして、いつも、こうなるんだ、よおおお~っ!」




