32 ドラードの夜明けは、近いのかよ
バッシャーンと水面に叩きつけられる衝撃も一瞬、気がついた時にはすでに何メートルも潜っていた。しかも、さらにズブズブ沈んで行く。
「おいっ、カラス天狗スーツ、何とかしろ! 補助ジェットを吹かせ!」
「落ち着いてください、まだ酸素は充分あります。それに、この重量のまま、水中で補助ジェットを使うのは燃料の無駄です。一刻も早く、この不良品を廃棄しましょう」
また会話を傍受したらしく、プライデーがバタバタ暴れ出した。
「そんなことを言うなよ。こいつだって仲間なんだからさ。おい、プライデー。聞こえてるなら、自力でなんとかできないのか。このままじゃ、おまえと心中だぞ」
暴れていたのがピタリと止まり、プライデーのボディーがプーッと膨らみ始めた。同時に沈下するスピードが徐々に遅くなり、やがて上昇に転じた。
「ほう、救命胴衣みたいな機能があるのか。いいじゃないか、いいじゃないか」
おれがプライデーを褒めたのが気に食わないのか、カラス天狗スーツが黙ってしまった。なんだよ、もう。
だが、おかげで無事水面に浮上できた。
プライデーは関取のように真ん丸になって、ポッカリ浮いている。おれはその腕に掴まった。
「プライデー、すまないが、しばらくこうさせてくれ」
「いえいえ、お役に立てて幸いです。どうです、捨てたもんじゃないでしょう?」
「まあな」
あまり褒めるとまた調子に乗ってしまうだろうし、カラス天狗スーツの機嫌も直らない。ホントに面倒くさい二人、いや、二体だ。
雨はまだ激しく降っているが、最初よりはだいぶ弱まってきている。空も少し白み始めた。
「よし、このまま夜が明けるのを待とう。カラス天狗スーツ、日の出まであとどれくらいだ?」
「六分五十二秒」
まったく愛想がない。
「おい、カラス天狗スーツ。無事に帰り着くには、みんなの協力が必要なんだ。そう拗ねるなよ」
「拗ねてなどおりません。それより、暗視ビジョンで周囲をご確認ください」
言われて周りをよく見ると、かなりの数の何か大きなものがプカプカ浮かんでいる。
流木かと思ったが、大きさも形も揃い過ぎている。そして、何より、フサフサした毛が生えていた。
「こ、こりゃあ」
「この地区のドラード人たちでしょう。彼らはちょうど地球のラッコのような姿勢で水に浮きます。アゴラにいるより安全なので、この状態で眠っているのです」
確かに、この豪雨の中では、これが一番エネルギーを消耗しない方法なのだろう。微かにだが、フルフェイスヘルメットを通してさえ、彼らの豪快なイビキが響いてきた。
中でも一際体格のいい一人に、拡張現実表示が出た。
【グリグリ。第八地区長老。背中の毛の一部が白いため、シルバーバックとの異名を持つ。当初より文明開化政策に反対していた、守旧派のボス的存在】
「やべえ。敵対勢力のど真ん中じゃないか。なんとかやり過ごさなきゃ」
その時、雨雲の切れ間から、暁の光が漏れてきた。すると、何を思ったのか、プライデーが「おはようございまーす!」と叫んだ。
おれは声を潜めて「バカ! 静かにしろ!」と囁いたが、時すでに遅し。
プカプカと浮いていたドラード人たちが、こっちでムクリ、あっちでムクリと上体を起こし始めた。
ついに、グリグリとかいう長老も、ムックリと起き上がった。そのまま立ち泳ぎの体勢で、こちらをジッと見ている。
「あ、いえ、別に無理矢理起こすつもりでは。うーん、通じないかな。プライデー、何か言ってくれ」
プライデーは東の空を指さした。
「ドラードの夜明けぜよ!」
「違う違う。宇宙語で、まともなことを、だよ!」
こちらのドタバタを黙って見ていたグリグリが、ついに口を開いた。
「日本語なら、理解しておる。小僧、おまえは天狗さまの弟子だな?」
地区の長老というのがどの程度の地位なのかわからないが、一応失礼にならないよう、おれはヘルメットを脱いだ。
「まあ、弟子というより、部下でしょうね。ああ、それから、ここに来たのには、そのう、色々と事情がありまして」
「大体のことは聞いておる。おまえが、あの鬱陶しいゴルゴラ星人たちを追い出してくれたこともな」
それは誤解だが、言わぬが花だろう。
「ええ、まあ。とにかく、夜が明け次第、すぐにここを出て行きますので」
これでなんとか切り抜けた、と思ったが、グリグリの返事は予想外だった。
「そうはいかぬ。おまえに用があるのだ」




