2 命あっての物種って、こういうことだよ
おれに裸絞めをかけているトカゲ野郎が、非常放送された【凶暴なテロリスト】に間違いない。
おれは、自分の運のなさを嘆いた。短かったおれの人生も、これでジ・エンドか……。
冗談じゃない!
そんなのイヤだ!
と、意識を失う寸前のおれの視界の隅に、近づいて来る黒い人影が見えた。
「あら、お久しぶり。元気だった?」
絶体絶命のピンチだというのに、のんびりおれに声をかけて来たのは、黒レザーのツナギを着た長い髪の女だった。
声も出ないおれの代わりに、トカゲ野郎が叫んだ。
『おいっ、近づくんじゃねえ! こいつの首をへし折るぞ!』
ひええっ、やめてくれ。
だが、女は気にする様子もなく、すぐに流暢な宇宙語に切り替えた。
『あんたには関係ないわ。わたしはその坊やに用があるのよ』
『近づくなって言ってんだろ! おめえも死にてえのか!』
おれのコメカミに当てられていた銃口が外され、女の方に向けられた。
その銃口はラッパのように広がっており、麻痺銃などとは違う禍々しさがある。
『あらあら、か弱い女の子を脅さないでよ』
そう言いながら、長い髪をかき上げた女の手が戻る瞬間、その手から黒い小さなものがビュッと飛んだ。
カツンと金属同士がぶつかる音がし、続けてボンという破裂音と伴にトカゲ野郎の銃が燃え上がった。
『あっ、熱っつう!』
トカゲ野郎が銃を取り落とした刹那、黒レザーの女の体がフワリと宙を舞った。そのまま、強烈な飛び蹴りがおれの顔面に向かって来る。
ええっ、おれじゃないよ!
だが、女の踵はおれの髪の毛を何本か引き千切り、そのまま後ろのトカゲ野郎の顔面を直撃したのだ。
「グアーッ!」
爬虫類的な呻き声を上げると、おれの首を絞めていた腕が解け、ドサッと倒れる音が響いた。
おれはその場にへたり込み、激しく咳込んだ。
だが、後ろから、ボクッ、バキッ、などという穏やかでない音が聞こえてきたため、振り返って見て、その光景に自分の目を疑った。
おれは腕だけを見てトカゲ野郎と名付けたのだが、そいつは人間ぐらいの大きさのティラノサウルスのような姿をしていた。
その小型ティラノを俯せにし、背中にあの女が馬乗りになっていた。
しかも、本物のティラノサウルス同様、体に比べて短めの両方の腕を鳥の羽根のように背中側に捻り上げ、ひとまとめにして片手で掴み、空いている方の手でティラノ野郎の後頭部を殴りつけているのだ。
どこが、か弱い女の子だよ!
すぐにティラノ野郎が音を上げた。
『グエッ。ギャッ。わ、わかった、投降する。やめてくれ!』
『あら、もう降参なの。ゴルゴラの凶獣バラゲって聞いたから、張り切って一番強力な格闘用ハイパースーツを着てきたのに。まあ、しょうがないわね』
女はポケットから対宇宙人用らしいゴツイ手錠を出すと、掴んでいるティラノ野郎、いや、ゴルゴラ人バラゲの両手首に掛けた。
「ゼロ九時二十三分、確保!」
女はそう宣言すると、バラゲを立ち上がらせ、保安係のロボットたちに引き渡した。
その際、襟元のバッジを軽くタップし、「手配犯を逮捕し、宙港の保安要員に預けました。引き取りをお願いします」と言った。バッジは通信機なのだろう。
それが済むと女は、呆然と成り行きを見ていたおれの方に近づいて来た。
「さてと、旧交を温める、って状況じゃないわね」
「あ、あんたは」
「改めまして、お久しぶり。惑星連合警察機構の小柳元子よ。思わぬ邪魔が入って、驚いたでしょう。ここへ来る直前に、手配中のバラゲが宙港から高飛びするらしいって情報が入ったから、念のため外骨格式筋力強化服に着替えてきて良かったわ。それに、黒田さんから教えてもらった指弾術も役に立ったし」
そう言うと、小柳捜査官、いや、向こうがおれを坊やと呼ぶならこっちだって名前でいいだろう、元子はポケットから小さな黒い鉄球を出して見せた。
「あなたは知らないでしょうけど、ゴルゴラ星人は銃口の広い火炎放射銃を使うから、うまく銃口に嵌って暴発させることができたのよ。古武術って、大したものね」
だが、おれは元子の話を半分も聞いていなかった。
「でも、どうして、あんたがここに?」
元子は、ちょっと照れたように笑った。
「わたしったら、肝心のことを言ってなかったわね。バラゲの件で、お迎えが遅れてごめんなさい」
「はあ? お迎えって?」
「もちろん、中野伸也くん、あなたを迎えに来たのよ」
「でも、おれはドラードに招待されてて」
おれが言い終わる前に、元子が遮った。
「わかってるわ。わたしは今月からドラードの臨時政府に出向することになったの、大統領特別補佐官としてね。その初仕事が、あなたを無事にドラードまで送り届けること。あなたを狙う悪者たちから守りながら、ね」




