24 これで虎口から脱出したことになるのかよ
黒田氏が巻物に仕掛けたのは、人質救出作戦などに使われる閃光弾を簡易化したものだ。激しい閃光によって、一時的に相手の目を眩ませることができる。
これのいいところは、相手を傷付けないのは無論だが、人間だけでなく、光電管方式の目を持っているロボットにも効き目があることだ。
おれが目を開けると、ドクターだけでなく、プレミアムフライデーも目を押えている。
と、バサッという音がした。
ヒモ付きの手錠を掛けられたまま、シャロンが水色のワンピースの裾を翻し、空中に舞い上がったのだ。
「あっ、また見えてるぞ! 白いパン……」
おれは思わず叫んだが、それどころではなく、空中で後ろ向きに回転したシャロンのスラリとした脚が更に伸び、踵の部分でプレミアムフライデーの頭部を蹴り上げた。
プロレスで言う、ローリングソバットという技だ。
「グエッ! コンナノアリカヨー!」
プレミアムフライデーは、そのままドーンと仰向けに倒れてしまった。
が、それで終わりではなかった。
シャロンはロボットを蹴った反動を利用して、今度は空中を前方に回転し、その勢いのまま足の甲をドクターの後頭部にブチ当てたのだ。
いわゆる、延髄斬りである。
「ひでぶー!」
ドクターは古典的な叫び声を上げ、バタッと俯せに倒れた。
すげえ、こんなのプロレスでも見たことない。
またバサッと音がし、床に降り立ったシャロンが、おれの方をギロリと睨んだ。
やべっ、怒ってるぞ。
「あ、いや、別に見るつもりじゃ……」
「右のポケット」
「へ?」
「手錠の鍵が入ってるわ」
「あ、そうか」
おれは気絶しているドクターのポケットから鍵束を取り出し、「これかな?」とシャロンに見せた。
「そのまま投げてちょうだい」
「え、でも、どの鍵か」
シャロンは苛立たしげに、「覚えてるから!」と言った。
「そうなんだ。あ、ごめん。今投げるよ」
鍵を空中で受け取り、手錠を外すと、シャロンはプレミアムフライデーのところに行った。
何をするつもりなのかと見ていると、足で蹴って仰向けのボディを裏返し、その上に馬乗りになった。
これは、もしかして……。
「ト、トドメを刺すのか?」
またギロリとおれを睨むと、シャロンは無言でプレミアムフライデーの背中を探った。
すぐ何か見つけたらしく、両手の指先を当て、表面のソフビ(=ソフトビニール)を左右にグイッと開いた。同時に、ベリベリッとマジックテープを剥がすような音がした。
その開いた部分に右手を差し込み、コの字型の部品を抜き取ると、左右を反転して元に戻し、背中を閉じた。
シャロンは、ふうっと息を吐き、結んでいない側の栗色の髪が前に垂れて来るのを、片手で掻き上げた。
「たぶん、これでいいはずよ」
「え? 何が?」
「倫理回路、通称、アシモフ回路を元に戻したの。これでもうこのロボットは危険じゃないわ。そっちのじいさんが目を醒ます前に逃げましょう」
「でも、どうやって?」
シャロンは呆れたように腰に手を当て、おれを見返した。
「そんなことも考えずに、あたしを助けに来たの?」
「だって、作戦会議が途中で……」
「もう、いいわ。あたしがちゃんと考えてるから。あんたは黙って従ってちょうだい」
ううっ、男のプライドが。なんて言ってる場合じゃないな。
一刻も早く脱出しなくてはならない事情が発生していた。
「わかった。指示に従うよ」
「あら、素直じゃない。感心、感心」
「……」
本来なら、皮肉な言い方に腹を立てるところだが、それどころではなかった。
ドラードに到着以来、事件続きですっかり忘れていたが、とっくに昼を過ぎたのに、まだ朝飯すら食っていないのだ。
今頃になって、猛烈に腹が減って来た。
シャロンに気づかれまいと平静を装っていたが、おれの腹がグーッと鳴ってしまった。
シャロンがニヤリと笑う。
「なーんだ、やけに大人しいと思ったら、お腹が空いてるのね。仕方ないわね。腹が減ってはなんとやら。これをあげるわ」
シャロンがウエストポーチから何か出し、おれに向かって放り投げた。両手でキャッチすると、紙に包まれたハンバーガーだった。まだ温かい。
「大丈夫よ、毒は入ってないから。お昼に何個か出してくれたんだけど、万が一のために一個隠して置いたの。悪いけど、急ぐから、食べるのは脱出ポッドに乗ってからにしてよ」
「あ、ありがと。でも、脱出ポッドって?」
シャロンはフンと鼻を鳴らした。さすが黒田氏の孫だ。
「記憶力のことは言ったでしょ。船内のどこに何があるかは、一目で全部覚えたの。行くわよ」
うーん、おれは助けに来たのか、助けられに来たのか。
まあ、いいか。とりあえず、早くハンバーガーを食べたいし。
その時、下の方から「ワタシモ、連レテ行ッテクダサイ!」という声がした。




