17 一難去ってまた一難かよ
見上げると、天狗の恰好をした人物が、ハングライダーで旋回しながら降りて来ていた。顔に赤い天狗の面を付けている。
「毒針を抜いてはいかーん! そのまま待っていてくれ!」
声は明らかに黒田氏だった。
「わかりました! 待っていまーす!」
黒田氏と思われる人物は、地上に近づくにつれて羽根の角度を変え、フワリと着地した。ひょっとすると、荒川氏より上手いかもしれない。
パタパタと羽根が折り畳まれて、例の笈という箱に収納され、こちらに歩いて来た。
「久しぶりだな」
右手を差し出された。
「黒田さん、ですよね?」
おれも巻物を左手に持ち替え、右手を出して握手を交わした。
「ふん。もちろん、わがはいさ。政治で忙しい荒川の替え玉として、あちこち飛び回っている。天狗の面はそのためもあるが、同時にこの長い鼻がガスマスクの機能も持っているのさ。まあ、そんなことはいい。とりあえず、これをそのオランチュラに注射するんだ」
そう言うと、黒田氏は笈の中から銀色の筒を出した。
「これは?」
「解毒剤さ。ギメガ星人と揉め出してから、いずれこういう日が来るだろうと予測して、黒田星商のネットワークを利用して探させていたのだよ。自動注射器だから、安全カバーを外して押し当てるだけでいい」
「わかりました」
おれは黒田氏に少し待ってもらい、巻物をドングリを入れていた袋に入れて腰に巻いた。
改めて注射器を受け取ると、カバーを外してチャッピーの腹部に当てた。ブシュッという音がし、薬剤が注入されたようだ。
黒田氏も後ろから覗き込んでいる。
「即効性だから、数分で効果が出るはずだ」
その間に気になっていることを尋ねてみた。
「毒針はこのまままでいいのでしょうか?」
「ああ。わがはいも受け売りの知識だが、ギメガ星人の毒には細胞を溶かす作用があって、針を抜くとそこから体液が流れ出てしまって、助からんらしい。特にオランチュラの場合は、放って置いても同じキチン質の皮だから吸収される。問題は、解毒剤が間に合ったかどうか、だが……」
「そう、ですね……」
不安に苛まれながら、さらに数分待ったが、チャッピーの様子に変化はない。
おれは、間に合わなかったのかもしれないと最悪の事態を想像し、胸が痛んだ。
その時。
「おっ、動いたぞ、中野くん!」
黒田氏に言われるまでもなく、おれもチャッピーの脚がピクピク動いたのがわかった。
「チャッピー!」
一番前の脚がスーッと伸びて、おれのフルフェイスヘルメットに触れた。顔を見せて欲しいのだろう。
「黒田さん、少しの間、ヘルメットを取っても大丈夫でしょうか?」
「うーん、どうだろう。おお、そうだ。スーツに訊いてみるといい」
おれはカラス天狗スーツに、「何分ぐらいならヘルメットを外せる?」と尋ねた。
「2分32秒。それ以上は危険です」
「わかった」
おれはそっとヘルメットを脱いだ。異様な臭気と息苦しさを感じたが、少しの間なら耐えられそうだ。
「さあ、チャッピー、おれだよ」
再びスーッと前脚が伸び、おれの頬に触れた。流れ落ちる涙をすくうと、自分の口に持っていき、ペロペロ舐めた。泣かないでくれ、と言いたいのだろう。
黒田氏が、ギュッとおれの肩を掴み、「良かったな」と言った。
「はい」
涙を手の甲でぬぐっていると、周囲からザザザザッという音が聞こえて来た。
おれが泣き腫らした目を上げると、おれたちを取り囲むように大勢のオランチュラが集まっていた。
代表らしい一匹が、小さな伝声器を持っている。ピンと糸を伸ばし、前脚の先で震わせた。
《あ、と、は、ま、か、せ、て》
「そうか。じゃあ、チャッピーを頼む」
おれが離れると、オランチュラたちはグルグルとチャッピーに糸を掛け、大きな繭のようにして持ち上げ、森の中に消えて行った。
見送るおれの肩に、再び手が置かれた。
「大丈夫だ。仲間に任せて置きなさい」
「はい」
「では、一緒に引き上げ、あ、いや、ちょっと待ってくれ、荒川から緊急連絡のようだ」
黒田氏は、面の横のツマミを捻った。
「ああ、わがはいだ。こちらは解決したぞ。何かあったのか。な、何だと!」
黒田氏は、その場に崩れるように膝をついた。
「黒田さん、どうしたんです?」
黒田氏は今耳にしたことを信じたくないように首を振りながら、力なく告げた。
「シャロンが、わがはいの孫娘が、誘拐されたらしい……」




