15 こいつだけは、許せないよ
ギメガ星人の巨大な二つの複眼の上にある、細い二本の触角が忙しく動き、おれのいる方向でピタリと止まった。すると、トゲトゲのある大アゴが、ガッと横に開き、そこから耳が痛くなるような高い音が出た。
「★K?▽K?◎KKK!!!」
完全に気づかれたとは思ったが、おれはそれ以上声を出したり動いたりしないで、ジッと我慢した。
ギメガ星人はおれの方を向いたまま、喉の辺りにある、首輪のような機械のスイッチを入れた。
『宇宙語なら通じるかね? 言っておくが、わたしの触角は熱を感知する。どうせ光学迷彩を使うなら、赤外線にも対応するタイプを使うべきだったな。体温が摂氏換算で三十六度ということは、地球人だろう。わたしの翻訳機は、英語・ロシア語・中国語ぐらいなら対応できるぞ。使用言語を変えた方がいいか? おいおい、黙ってないで何か返事してくれよ。それとも、そのまま毒針を刺して欲しいのかな?』
ギメガ星人の脇腹の両側から、先が針状に尖った短い脚が一本ずつ出て来た。
ゴーグルの内側に、拡張現実表示が出た。
【ギメガ星人の毒針:地球の蜂などとは異なり、前脚と後ろ脚の中間の脚が針に進化している。筋肉の力で数メートルほど針を飛ばすことができ、相手に刺さると針の中の猛毒が注入される。一度針を飛ばしても、数十分後には次の針が再生される】
どうしよう。おれだって、宇宙語は第二外語で習っているのだが、成績はCマイナス。一応、聞き取りはできるが、しゃべる方はイマイチなのだ。だが、今はおれ自身の命がかかっている。
『わかたよ、ちょと、待てある』
おれは小声でスーツに「とりあえず、ステルスモードを解除しろ。まだ死にたくない」と告げた。
スーツも小声で「了解いたしました」と応え、ブーンという音とともに視界がチカチカした。
念のため自分の手を見ると、黒い手袋をしているのがちゃんと見える。
ギメガ星人にも、おれの姿が見えるようになったはずだ。
『やはり、地球人か。それにしても宇宙語が下手だな。元々、星連の共通言語として宇宙語を作ったのは地球人じゃないか。われわれのような昆虫型生命体には発音しづらいから、こうして翻訳機まで用意しているというのに。まあ、いいだろう。そちらに合わせてやろう。何語ならできる?』
『日本語。おまえ、できるあるか?』
『ほう。ドラード人が、何故か有難がって第二公用語にしている言葉か。いいだろう』
ギメガ星人は首輪型の翻訳機をいじった。
「どうだね。これなら?」
「あ、ああ、わかる。それより、そのおっかない毒針は、しまってくれ」
「そうはいかない。まだおまえが敵か味方かわからないからね」
「おれは、その、そうだ、昔のダチのモフモフが、大統領になったから遊びに来ないかと誘われたんだ。せっかくだから、このスーツを借りて森の中を観光してたのさ」
われながら苦しい言い訳だが、意外にもギメガ星人は頷いた。
「そうか。観光客なんだな。じゃあ、わたしのやることを邪魔しないでくれ」
そう言うと、せっかく踏み潰されることから逃れたキンコロガシに向けて、プッと毒針を飛ばした。
キンコロガシはグサリと地面に縫い留められ、動かなくなった。
「おいっ、何てことをするんだ! 殺す必要はないだろう!」
おれは無意識に、背中のマシンガンを抜いて構えていた。
ギメガ星人の大アゴがまたパックリ開いた。なんとなく、嘲笑っているように見える。
「ほう。せっかく見逃してやろうと思ったのに、わたしに銃を向けるのか。ふん、このキンコロガシがそんなに大事かね。こいつには、奪ったブツをギメガ星大使館に持って来いと命じてあったのに、マンドラの誘惑に負けてここでウロウロしていたのだ。これは見せしめさ。わたしたちのモットーは弱肉強食でね。ハニワームとかいう虫も、独立宣言を出して用済みになったから、美味しくいただいたよ。マンドラだけでは栄養が偏るのでね。おっと、話が逸れてしまった。その格好から見て、おまえは天狗じいさんの子分だろう。だが、欲しいものは手に入ったし、あまりにも非力のようだからあえて事を構えることもないと、情けをかけてやったものを」
「バカにするな! こっちこそもう手加減しないぞ!」
おれは怒りに任せて、マシンガンの引鉄を引いた。もちろん、空に向けての威嚇射撃だ。サバゲーで覚えたことが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
しかし、所詮おもちゃである。
ポポポポポポポーンという間の抜けた音と伴に、ドングリぐらいの大きさのコルクが飛んだだけだ。これじゃ、威嚇にならない。
「ほう、面白い。たとえどんな弾だろうと、先に引鉄を引いたのはおまえだぞ。したがって、これは正当防衛だ!」
残っていたもう一本の毒針が、おれに向かって飛んで来た!
ああ、こんなところでおれは死ぬのか……。
死を覚悟した瞬間、物陰から何か黒いものがおれの前に飛び出して来た。
ドサッと音がし、目の前に毒針が刺さった大型犬ぐらいの生き物が倒れた。オランチュラだ。左の三番目の足だけ、途中で折れ曲がっている。
「チャッピー? チャッピーなのか? どうしておまえがここに……」
チャッピーはピクリとも動かなかった。
巻物を奪ったキンコロガシを発見したというオランチュラは、おそらくチャッピーだったのだ。だが、おれに遠慮して隠れていたのだろう。
おれのすぐそばで、誰かが大声で叫んでいた。
それは、おれの声だった。
「うおおおおおーっ! もう許さねえええーっ!」




